クリ物3タイトル入

クリスの物語Ⅲ #52 隠し転移装置

 外は明るいけれど、濃い霧に覆われていてほとんど何も見えなかった。

『こっちよ』
 左手の方角へ向かって先生が歩き出した。
 少しでも離れてしまうと、見失ってしまう。ぼくは、はぐれないように急いで後を追いかけた。

 霧に覆われた道を歩きながら、ふと何度か見た夢のことを思い出した。濃い霧の中をひたすら歩く夢だ。
 その夢の中で田川先生の声が聞こえ、何かをいわれたのだった。
 たしか「わたしを信じてついてくれば大丈夫」というような内容だった。
 あの夢は、今のこの状況を暗示していたのかもしれない。つまり、先生を信じてついていけば大丈夫だということなのだろう。

 そんなことを考えていると、突然目の前の視界が開けた。
 振り返ると、桜井さんが風を起こしてあたりの霧を払いのけてくれていた。

 ぼくたちが進んでいたのは、幅の広い道だった。道といっても、舗装のされていないでこぼこした道だ。左手には森が広がり、右手には所どころ草の生えた空き地が広がっている。くねくねと緩やかなカーブを描きながら、平坦な道は徐々に登り坂になっていた。

「優里、無理しないでね」
 まるで目の前の虫を追い払うように左右の手を交互に払って霧を散らす桜井さんに、沙奈ちゃんが声をかけた。
「うん、全然大丈夫。でも疲れたら休憩するね」
 桜井さんは、笑って返事をした。
「ありがとう」と、ぼくも振り返ってお礼をいった。

 それからしばらく、ぼくたちは無言で進んだ。
 ピューラの移動は、ほとんど体力を使わないから楽でいい。
 それに比べ、前を行く田川先生とスタンはいかにも重そうな格好で歩いている。それなのに、二人の歩くスピードは緩むことがなかった。

 いつしか道は両側が森に囲まれ、道幅も狭くなっていた。桜井さんの霧を散らすペースも、30秒置きくらいに減っていた。一度散らして目の前の霧が再び濃くなってきたらまた払いのける、という具合だ。

 それからどれくらい進んだだろうか。
 桜井さんが霧を散らしたところで、何かに気づいたように「あら?」といった。
「どうしたの?」
 ぼくは振り返った。
「クリス君のその石、光ってるよ」
 ぼくが腰に差した短剣を、桜井さんが指差した。
 ぼくは腰をひねって短剣を見た。

 本当だ。ルーベラピスがほんのりと光を発している。
 ぼくは剣を抜いて手に持った。
 ルーベラピスの光は、蛍が発光するように大きくなったり小さくなったりしていた。
 ウェントゥスの在りかまで、半径500m以内に近づいたということだろうか。
 それから少し進んだところで、道は森を抜けた。

 『落ちないように気をつけて』と、田川先生が注意を促した。
 すかさず桜井さんが霧を払ってくれた。

 そのあたりは道幅がさらに狭くなっていて、右手は崖になっていた。左手は、頭上高く目の届く範囲まで岩肌が広がっている。
 道幅は大人2人がやっと横になって並べるくらいしかなく、田川先生を先頭にぼくたちは一列になってその道をゆっくり進んだ。

 それから間もなくして、先生が立ち止まった。
 先生の背負う剣にはめられたルーベラピスは、ものすごい輝きを発していた。それに比べれば大したことはないけど、ぼくのルーベラピスも訴えかけるように強い光を発している。
 先生は岩肌の一点に手を触れて、ブツブツと何かを唱え始めた。

「マージアバラスニアード」

 最後に先生がカンターメルを唱えると、突如壁一面に丸い転移装置が出現した。

「わあっ」
 思わずぼくは声を上げた。
『隠し転移装置よ。これで中に入るわ』
 そういった後、転移装置のオーメンをチェックしてから先生は『思ったとおりね』といった。

『このオーメンに変化はないわ。つまり、この転移装置は他の転移装置とリンクしていないのよ。だから、これは他のものとランダムに入れ替わってしまうというようなことはないわ』
 先生はそういうと、みんなにもっと近くへ寄るように指示した。

『それじゃあ、いいかしら?』
 直径2mはありそうな転移装置の前で、ぼくたちは寄り添って半身で片手を構えた。

『オーケー。じゃあ行くわよ』
 先生の合図とともに、ぼくたちは一斉に転移装置に手を触れた。

お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!