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サックスの忘れ物

 「あっ、リード忘れた!」
 電車の中で気づく。サックスの演奏に使う、マウスピースという吹き口ににつける薄い木の板のことをリードという。これを昨日楽器ケースから出してその辺に置きっぱなしにしてしまい、そのまま持ってくるのを忘れてしまったのだ。

 リードに限らず、サックスというものは意外と付属品というか、持っていかなければいけないものが多い。
 楽器本体はまぁ忘れることはないと思うが、それ以外に、
 ・ネック
 ・マウスピース
 ・リガチャー(マウスピースにリードをセットする器具)
 ・リード
 ・ストラップ(楽器を首から下げるストラップ)
 ・譜面
 などなど、意外と必須の持ち物が多いのだ。
 ちなみに、これらは一つでもかけるとまず演奏することができない。譜面はまあジャンルによりけりだが、でもそれ以外は本当に演奏できなくなってしまう。

マウスピースとリードをリガチャーでとめてネックにセットしたところ
マウスピースとリードとリガチャーの拡大


 そして、どんなサックス奏者も、これまでに何度かはこれらのうちのどれかを忘れ、スタジオや本番会場について愕然とした経験があると思う。
 自分も、ネックやマウスピースを忘れてしまい、どうにもならなくて家に取りに帰ったことが何度かあるし、ストラップもなんかかばんの肩掛け紐を代用したりしたこともあった。譜面も、家から写真に撮って送ってもらったこともあった。
 あんまりそういうことがあるので、割としつこいくらいに荷物を確認するようにはしているのだが、なかなかこれが根絶できないものである。たまたま前日に楽器を出して、翌日出るのがギリギリになってしまった時なんかは、あわてて楽器ケースを閉じて出てしまうので、冒頭のように単純に忘れ物をすることが出てきてしまう。
 もういっそのこと家で一切ケースを開けなければいい話なのだが、自分は一回梅雨時にずっとケースを閉めっぱなしにしていたら楽器がカビだらけになってしまったことがあって、それ以来なんとなく一回使ったら乾燥じゃないけどケースから出すようにする習慣があり、ついついその時に他の付属品もどこかに出してしまう。

 同じ管楽器でもフルートなんかは楽器本体だけあれば演奏可能だし、トランペットやトロンボーンも楽器とマウスピースだけあれば演奏できるので、このあたりは大きな違いだ。

 ちなみに、楽器本体を忘れて出かけることはないのだが、持ち運んでいる途中に楽器本体をどこかに忘れてしまうことはままあるようだ。例えば電車の中とか、お店とかである。
 これに関しては、自分は楽器がクソでかいバリトンサックスという楽器なので、どこかに忘れるということ自体がありえない。普段の移動には不便しかない楽器だが、こればかりは絶対的で、あの圧倒的な物量は、忘れていくことが物理的に不可能である。
 逆に、それこそトランペットやフルートみたいな小さな楽器はよく紛失したみたいな話を聞く。一番多いのが、「酔っ払って網棚に乗せた」というパターンのやつだ。
 そして、もうこれは悲しいことなのだが、そうして紛失してしまうとまず返ってこない確率が高い。いや、今はそんなことないのかな。少なくとも自分の学生時代などは、一回電車に忘れてしまうと、まず返ってこなかった。
 「楽器をなくしました」「この楽器を探しています」という張り紙やらSNSは何度も見たことがあるが、「戻ってきた」「どこそこで売られているのを発見した」という知らせを聞いたことは本当にほとんどない。どこに流れてしまうのかわからないが、一度手を離してしまった楽器は異世界に行ってしまったように姿を消してしまう。楽器というものはもう人格を持っているかのように大切にしている人も多いし、なんといっても値段も大変高いものなので、これはもう悲劇としか言いようがない。網棚に乗せるのと、電車で寝て慌てて降りるのだけは本当に御法度である。

 さて、冒頭のリード忘れた、の話だが、念の為恥も顧みず駅のホームで楽器ケースを開けて探したがやっぱり見つからない。途中下車して楽器屋に行き、リードを探すが、その店にはいつも使っているメーカーのものがない(マイナー楽器のバリトンサックスあるある)。しかたなく博打で聞いたこともないメーカーのリードを買う。そこそこ高い。泣ける。
 スタジオについて楽器を出すと、ぽろっといつものリードケースが奥の方から落ちてきた。
 忘れてなかった。。

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