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東横線

 夜遅くまで都内で用事があり、23時台の東横線で自宅のある横浜に向かっていた。そしてふと顔を上げて驚いた。

「なんだよ・・・。新綱島って・・・。」

こんなことがあるだろうか。いつものように電車に乗っていたら、見知らぬ駅のホームに電車が停まっているのだ。俺が乗ってきた電車は何なのか、振り返って行き先表示を見る。

「嘘だろ・・・。新横浜行き・・?」

 そうなのである。先日開通した、横浜方面には行かずに相鉄線に接続する「東急新横浜線」の電車に乗ってしまったのだ。おそらく、車内放送で散々アナウンスしてくれていたと思うのだが、その日はずっとイヤホンをしていたので、行き先が違っていることなど全然気づかなかった。

 ふと見ると、同じように途方に暮れたような人たちがたくさん新綱島駅のホームにいる。どうも、日吉に戻る上り電車を待っているようだ。
 しかし、夜も遅いしさっぱり電車が来そうもない。Googleで調べると、どうもこの新綱島駅は本体の綱島駅と大して離れていないようで(鶴見と京急鶴見くらい)、歩いてそっちのホームに行ったほうが速そうだった。というか、そうでないと横浜方面の終電には間に合わなそうである。
 急いで地上に出るべく、見たことのない新綱島駅の改札を目指す。
 なんだこれ、こんなの悪い夢の中じゃないか。
 しかも、新しい駅にありがちなことだが、もう考えられないような深さにホームがあるせいで、何回エスカレーターを乗り換えても一向に地上が見えてこない。気ばかり焦る。なんというか、HPギリギリで出口に向かうダンジョンRPGのような気分である。
 小走りに地上に飛び出し、夜の街を気忙しく歩き、見慣れた本綱島駅の改札を抜け、なんとかぎりぎり終電で帰ることができた。ああよかった。セーブ成功である。

 しかし、なんで全然気づかなかったのだろう。
 そう考えると思い当たるのだが、よく考えたら、生まれてこの方約半世紀、東急東横線は結構使ってきた部類の人間だが、渋谷から横浜方面からの行き先は必ず確実に一つだったのだ。すなわち、昔は桜木町行きだし、今だったら元町・中華街行きだ。たまに菊名行きとか横浜行きもあるが、それだって結局方向的には同じなわけで、全くあさっての方向に行ってしまうことはなかった。

 その東横線が、もうこれからは乗るときに「どこに行く電車かを確認しないといけない」のだ。いやそうか、これは今までなかったことなんだ。しかしもうこんなの何十年の習慣で身体に染みつきすぎていて、これからも無事間違え続けそうである。

 東横線は、もとより他の電車に比べると「何も見ずに来た電車に乗ることが多い」路線である。必ず普通電車とどこかで待ち合わせてくれるからだ。とりあえず飛び乗っても、必ず一番早く目的地に着くことができる。だから行き先もだし、普通か急行かを見ないで乗ってもそんなに影響はないわけだ。
 しかしこれからは違う。飛び乗って気づいたら二俣川、ということがあり得るのだ。

 そういえば、元町中華街駅のホームも、いつも必ず右側のホームが特急・急行だったのに、いつのまにか逆になっていた。この前も気づかず右側の電車にのって、なんだか全然着かないなと思ったら、乗っていたのは普通電車だった。

 当たり前だと思っていた日常が、ある日突然ぺりぺりとラップをはがすように変わってしまう。そんなことはままあることなので、やっぱり何も考えずに生きていてはいけないなぁと思わせる終電のホームであった。


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