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ツーリングテントの思い出ばなし

いちにち走って過ごして、潜り込む自前の屋根を見るときの感覚は、余りにも多様で名状しがたい。

アライテントのツェルト


2017年の夏、自転車で信州の古道を駆けていた。

夕暮れ時、周囲に一軒しかない食堂に流れ着くと、「これしかない」と言われて鉄板焼きのホルモン定食を頼むことになった。ラーメンとか食べたかったなぁと思っていると、選択肢も無く突き出されるのはガスコンロと、鉄板+ホルモン+ご飯+味噌汁。タレの風味がご飯に合って、何だかんだで満足する。

ホクホクしたので寝床を張れる場所を探すが、その時持っていたのはアライテントのツェルトだった。張るにはペグダクンが必要なのに、村内には土の手頃な場所はない。そりゃそうだ、狭い谷間の村だもの、ゆったりした公園などない。走れば道の駅もあるけれど、出来れば古道を繋ぎたいので、国道走行は極力避けたい、、、でもって、古道は明かりもないし舗装もないので、夜は走りたくない。

そうやって逡巡するのはまぁいいとして、実際眠いし、とにかく休みたい。もういいかと思った自分は、観光案内板のある物産館の横に乗り付けた。
もうごろ寝でいいかーと思っていたが、閃いた。
自転車のフロントキャリアに積んでいたツェルトを適当に広げると、壁に立てかけた自転車にそのまま被せてしまう。適当にテンションをかけるように手持の紐で微調整すると、狭いけれどそれなりに具合のいい寝床が出来た。
心許ないんだが、何だかんだ心が休まる。
99cmのエアーマットの上に、シュラフカバーの中の身体を横たえる。外界から遮断された安心感が、夜の迫る焦燥感を拭っていく。
眠くなる前に、そのツーリングの風景が去来する。

東京の自宅を出発し、古道を担ぎ超えた末、ろくに眠らずに長野市まで一気に走った最初の2日間。
土砂降りの山越えをして、結局30kmくらいしか走らず、駅の隙間で眠った3日目。
そして、朝から雨の中、駅からアルプス目掛けて雪渓を担ぎ上がったが、雨の影響で登山道途中の橋が流されてにっちもさっちもいかず下山した4日目が今日だった。

下山すると快晴で、余計に悔しい気持ちを、古道の土道で洗うように走ったいちにち。
それまでの夏は、いつも気合の入ったチャレンジをして、それなりに自分の未知の領域に入り込んでいる感じがあったのに、、と思ういちにち。
そんないちにちが、オレンジ色のツェルトに覆われて終わって行く。
たまらない気持ちだ。

クロスオーバードーム

2019年夏は、アイスランドのレイキャビクから内陸を通って、同北岸のブリョンデュオースまで走った。

北岸の街、海岸まで出て記念写真を撮る。
人生で一番北にいると思うと、日程も残っているがもう走らなくていいや、ゴールにしようという気分になる。
その日は30kmくらいしか走っていないが、ディスカウントスーパー[ボゥナス]で買い出しを済ませると、キャンプ場に昼から自立式のシェルターを張った。
内陸のグズグズのダート、遥か遠くの氷河、道中出来た仲間たち、全部過ぎ去ったけれど、爆風だけは変わらない。
爆風の芝生サイトにペグダウン、ポール挿入、速やかに自立する我が家。

濃緑のシェルターに入ると寒くない。それどころか、日差しで熱されてポカポカする。ダウンシューズまで履いて、化繊シュラフに潜り込み、90cmマットの上にごろ寝。
日は深夜まで沈まない。時間は腐る程ある。持ってきていた文庫本を読む。

人の冒険譚に触れると何だか俄然やる気は出てくるもんで、これからは俺も海外ツーリングだなと改めて思ったり、学生の頃に夢みた世界ツーリングを形に変えてやっていこうなんて決意めいたことを考えた。自分が、何かの途上にいる人間だという不安感はあるがそれが心地良い。と同時に、今回はもう走るのやーめたというサボり感も心地良い。ポカポカのシェルターで、停滞時間が溶けていく。

寝落ちしては文庫を顔に落とした。その度に、緑の太陽が透けて見えて、なんともいえない。
天井は高くて、屋根は薄く、時折壁を叩く風は、天幕をバチバチ言わせている。




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