小咄

繋いだ手が熱を持つ。ゆるやかに瞼を開いた彼女は、息をのむほど美しかった。正直に言おう、俺はたじろいでしまって、彼女…キャロル・フォートナーの手を離しかけた。わかっていたのに。もう一度手に腕を込める。突如ひどく空虚な気分が、胸の隙間に吹き込んだ。もう戻れない。
これは、自分、フレッド・プタハとキャロルのログ。これが始まり。
ま、ほんの小咄にすぎないんだけど。

「…俺のパートナーが怪我をしてね、しばらく動けない。でもこの任務を止めるわけにはいかない、誰か新しいパートナーはいないのか。ってことでうちの社員リストを漁ったところ、君が居た。で、異動をしてもらってサウサンプトンの支社にまで来てもらって今に至る。って次第。オーケー?」
「えぇ、まあ。把握しました」
どこか塩からい風の吹くこの街で、俺とキャロルはブリーフィングをしていた。これがBRFの体を成しているかはわからない。要領を得ないのか、彼女はあごに手を当て困った顔をしている。
「それで、任務とは?」
「いいね。いや何でもない。そう、任務内容は指定された型番のアンドロイドの破壊。ソフトウェア上の問題が発見され、パッチ修正も不可能なレベル。根本的なバグが起こると」
「…持ち主が破棄することも可能なのでは?」
「残念ながら、この型番は主に公共施設の整備やインフラ整備用なんだ。つまりは持ち主が自治体から国家クラス。個人じゃあない。もちろん担当者はいるだろうが、数が多くて手に終えないだろうな。んで、俺たちにまわされたってわけ」
「なるほど。けれど、何でわたしたちなんですか。傭兵屋ならともかく、研究財団なんですよ」
「もちろん傭兵たちにも同じ任務は行ってる。なんでインドアなウチにこんな仕事が回ってきたのか、だよな?━━━尻拭いだよ」
今回バグが発見された箇所は、俺の所属するキサラギ研究財団が請け負った部分なのである。キサラギ研究財団は主に人工知能開発をメインとした研究屋だ。俺も一応開発者、今は休職中だけど。画面とにらめっこするのではなく、アンドロイドの残骸とにらめっこする日々だ。念のために言っておくが、俺のミスではない。恐らく。担当者は早々に蒸発したし。
「あぁ…。頭が痛い。わたしたち財団側のミスなのだから、ある程度は示しをつけておかないといけない、と」
「そういうこと。ま、キャロルがやるのは殺しじゃなくて、俺のサポートだから。そこまで気負わなくて良い。よろしく」
俺が差し出した右手を見つめ、おずおずと手を差し出すキャロル。まだ、スタートラインに立ったところだ。
手を離すと、俺の手にべったり付いていた整備油の黒い汚れが彼女の手のひらにも移っていた。メンテナンスをしていて、BRFに遅れかけて、そういえばそうだ。だから彼女はちょっと嫌そうな顔をしていたのか。ゴメン、反射的に言葉が飛び出る。デリカシーの無さは自分でも自覚はしてるんだが。
「…今度からは気をつけてくださいね?」

「きゃろりーん、あと何体?」
「馴れ馴れしい…。残り2。マーキングしておきましたから。というか、わたしも現場に駆り出されるんですね」
「万が一、のためにな。一応武装はしてるだろ。ま、ここら辺は電波環境が芳しくない地区でね。仕方ない」
郊外。工場地区。夜間でも煌々とライトが光り、幻想的な雰囲気を醸し出していた。一時期は観光地にしようと努力したそうだが、諦めたのか失敗したのか、こんな深夜に出歩くのは俺たちと整備用アンドロイドだけだった。
キャロルはなんとなく、なんとなくだが、この任務の異質さを飲み込めてはいなかった。抵抗する前に淡々と壊す殺す。青い血液でなきゃそれは人殺しにも見えるだろう。仕事だから、俺は言い訳しすぎて慣れてしまった。
躊躇うな。
戸惑うな。
目の前のあれは機械だ。人間じゃない。
「やっぱりクるかぁ。初見だもんな。気分が悪くなったら早々に吐いとけよ」
「いえ、その…気にしないでください。フレッドは大丈夫、なんですか。人間そっくりの機械を殺すのに」
「慣れた。本当は慣れちゃいけないけど。キャロルはどう?見てて何か思ったか?」
俺は悪趣味な質問をした。防塵ゴーグル越しの彼女は、恐怖のような、怯えた表情をしていた。後頭部でまとめた金髪が揺れる。抱えたタブレット端末が光を反射した。
「電子血液が飛び出なきゃ、本当に殺人みたいだな、と。それぐらいです。もう、早く行きましょう」
キャロルは一刻もここから離れたいようで、俺を追い越し、曲がり角まで早足で歩いていこうとした。そうはさせない。俺は彼女の腕を掴み、もう片方の手で曲がり角から出てきたポンコツアンドロイドに銃弾を放つ。反動で肩が痺れる。いくつもの穴が空き、バランスを崩して倒れ伏す。
「……足音してたろ、油断するな」
「は、あの、彼はマーキングしていません!対象外ですよ、何を、何をやってるんですか。フレッド!」
物凄い力で腕を振り払われる。しまった。好奇心が勝ってしまった。まだ2体残っているというのに。完璧にキャロルは俺を警戒している。データは多い方が良いが、今回はここまでとするしかない。段々面倒になってきた。
「キャロル、いやAS700。ネタバラシだ」
俺は迷いなく、彼女との間合いを一歩詰め、俺は迷いなく、彼女の健康的なデコルテにナイフを突き立て、俺は一切の迷いなく、抜く。
「同類が殺される様子を見て、お前はどう感じた?AS700 」
青い鮮血が舞った。ここから彼女の顔は見えなかった。

逃げたり反抗しないように、脚部と肩の関節を外して、俺はようやく、AS700と向き合う。その顔は青く染まっていた。貧血でいつ主電源が切れるかわからない。ぱしゃん、青い水溜まりの中に佇む。
「今回の個体はずいぶん静かだな。前のやつはうるさかったが」
「…なぜ、こんな、ことを?」
「おんなじ質問だな。今回で7回目だから、上手く纏められるようになっているぞ。単純だよ、データ収集のためだ。"アンドロイドが抱く恐怖"についての。俺ら人間と違って、アンドロイドの思考プログラミングには膨大な量のデータが必要なんだ。出力のためのデータベース。昔のDNNはインターネットに漂う画像や音声データを拾って行っていたが、感情部分のモジュールはそうはいかない。冴木教授の擬似意識プログラミング専用言語のお陰で随分楽にはなったがな」
こんな内容、既にAS700は解っている。接続して検索すればすぐに出てくるし、理解だって俺よりずっと早い。
「いつ、自分がアンドロイドだと気付いた?」
自分ばかり喋っているのも癪なので悪趣味な質問再び。
「…3体目を殺したあたりから。薄々。あなたに、フレッドに刺されたときに確信に変わりました」
「流石、自覚させないのは十八番だ。そのモジュールを他の行動に支障が出ない程度に、最低限に抑えれば良い。外からの衝撃で学習するのではなく、自ら"わたし"を知ることも可能だ。ま、今回のAS700は優秀な部類だな」
「…わたしは、どうなるのですか」
「記憶媒体を取り外し、データコピー後消去。損傷が少ない場合修繕して真っ白な状態で再起動。おんなじ目に遭うかも、遭わないかもだ。俺の管轄外だから知らん」
そろそろ時間切れか、エネルギー保持のためか、AS700は目を閉じる。この問答時の感情データが一番欲しい部分だ。なるべく、多くの感情を引き出させるような質問をギリギリまでふっかける。
「いつまで」「どれぐらい」
俺とAS700の言葉が同時に浮上して消えた。どれぐらいのデータがあれば収集作業は終わると思う…この質問より、個体が発する言葉の方が重要だ。口をつぐんで、続きを促す。AS700はため息をした。
「いつまで、いつまで、続けるんですか。こんな悪行は許されない。必ず、わたしで、…」
停止。力を無くした首ががくんと重力の法則に従って落ちる。予備電源は作動していない。大量出血で、か。軽くてありがたいが、記憶媒体部分を取り外すとなると真っ青に染まってしまう。首の斜め後ろ部分、うなじのあたりに埋まってるので、ナイフで外皮膚部を裂きながらメモリを探す。予想よりずっと小さいので見逃さないようにしないといけないのだ。
「…いつまで、続くんだろうな」
遠い夜間灯を鈍く反射させ、俺の手は彼女で染まっていった。まるで侵食されていっているようで、俺は恐ろしくなった。この恐れも、彼女から伝染しているようだった。はやく、一刻もはやくここから離れたい。

「ソルジャーワン。任務終了。ブツは損傷が激しい。今回で廃棄だな。後は地域保全アンドロイドに任せる」
ここに残っているのはプラスチック片と電子血液だけ。ここに彼女は、もういなかった。

ダイスケさんには「繋いだ手が熱を持つ」で始まり、「そこに彼はいなかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字)以内でお願いします。

小話と世界はおんなじです。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

ここまで読んでいただきありがとうございます。
5

大輔

小話群

話を書く練習
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。