探しもの

 僕のワンルームの部屋はさまざまな本で溢れている。それでも、僕は本を病的に買ってしまう。ある日、蔵書の整理をしていたら、ある一冊の本が消えていた。それが恋人からもらった本なのか、自分で買った本なのか、まず自分に恋人などいたかどうかも怪しくなり、考えれば、考えるほど、頭が痛くなった。もうバイト先の古本屋に行かなければならない時間だった。その古本屋では店員割引というものがあり、アルバイトの僕は20パーセントオフで本を買うことができる。出勤するたびについつい本を買ってしまい、なんて愚かなことをしているんだろうと買うたびに思う。そういえばバイト先に遅刻したら始末書を書かなければならないということを聞いたことがある。僕はまだ二週間ぐらいしか出勤していない新人なので、その始末書を書かなければならないという罰はあくまで噂で聞いたことであり、誰が言っていたのか、何文字の始末書なのか、ボールペンで書くのか、シャーペンで書くのか、パソコンで書くのか、どれもこれも定かではない。たぶんなくした本は文庫本だったと思う。別にバイト先から帰って探せばいいのではないか、という人もいるかもれない。しかし僕はいまその本を探し出し、この頭痛をどうにかしたいのだ。

探しものはなんですか? 
見つけにくいものですか? 
カバンの中も机の中も探したけれど見つかりませんか?
探すのをやめたとき見つかることもよくある話で

という昔の歌があったと思う。探すのをやめたとき見つかるなんてことはありえない。じゃあ、ベッドに行って、仰向けになり、ぼーっとしていると天井から可愛い天使がその本を落とすなんてこともありえるのか? 僕はひどく苛立っていた。朝の五時から探しているので、もう、三時間は経つだろう。見つからない。バイト先の店長から電話がかかってきた。
「Kくん、起きてる? 遅刻だよ」と店長はゆっくりといった。
「はい。ちょっと今探しものをしていてちょっと待ってください」
「今日たいへんなんだよ。僕も含めてみんな遅刻しているんだよ。 Sくんは今きて十万文字の始末書を書かせているところさ。僕も始末書を書いているんだ。とにかく早くきてね。始末書を書かせるから。待ってるね」

 僕はベッドに仰向けになり、タバコで一服した。すると、天井から探していた文庫本がひらりと落ちてきた。野球少年のようにうまくそれをキャッチした。バイト先に向かおうと思った。始末書を書かなければならない。
 始末書のことを考えると、あの頭痛はひどくなるばかりだった。

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