スターロードへ繰り出そう

 阿佐ヶ谷の暮らしには慣れてしまった。3年前までは特別な街だったが、毎日この街を歩いていると、どこか仲がよぎる親友のような特別というよりはなんでも話せるような存在になってしまった。歩いているとわかるのだ。この街では誰と会っても本心で語れるはずだと。語る、僕はいつものバーで語るのだ。バーテンダーは金曜日の無口なアイツ。
「なあ、なんでシュガーベイブのレコードってあんなに高いんだ?」そう言って僕がアイツに話を切り出す。
「音楽の話はやめようよ」アイツはいつものウルフカットからわずかに見える瞳をパチパチさせながら言った。
そして、しばらく沈黙があり、二人きりの空間に誰かが入ってくる。監督だ。珍しい。
「おっす。青年、久しぶりだな」と監督は僕の隣に座る。
「監督、最近忙しいんですね。LINEも返さないし」と僕は語りかける。
「そうなんだよ。新作がさあ」
「あの噂の戦争映画ですか?」と僕はそう言った。
「そうそう。売れたら、売れたで大変さ。それより、青年、前言ってた長編小説はどうなんだ?」
「全然ですよ。進まないですよ。気が乗らなくて」
 なぜかその時僕は失恋のことを思い出した。阿佐ヶ谷の彼女はもう中央線から離れた所に住んでいると誰かから聞いた気がする。

 書きかけの長編小説の原稿がまだ僕の机の上にあるんだと思い、パイナップル風味のカクテルをごくりと飲んだ。今日は監督と映画の話でもして酔わせてくれ。

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