洗脳と新宗教について僕が知っていること

僕は専門家じゃなくて、昔仕事で新宗教の取材をしたり、趣味で日本中回って新宗教の施設をめぐったり、色んな信仰を持った人に話を聞いたりしてきただけ。だから深い部分のことは全然わからないので、僕が知ってる限りの話。

まず前提として、一般に浸透してる新宗教団体が洗脳なんてやらない。洗脳の手法っていうのはもうはっきりしていて、意図してやろうとするとすぐバレて大問題になる。誤解されがちだけど、一般に浸透している団体ほど社会との軋轢を嫌うので、そんなリスクのあることはやらない。身も蓋もない言い方をすれば、商売にならなくなる。そもそも、何百人もまとめてできるならまだしも、一人ひとり洗脳するなんてコストがかかりすぎる。

ただし問題はここから。ものすごく大雑把に書くと、洗脳ってのは人格の破壊してそこに新しい価値観を植え込むことでできる。心が徹底的に弱っている人は、すでに人格を破壊されたのと同じような状態の場合がある。

そこに意図せずとも同じ何かを繰り返し教えれば、簡単に洗脳と同じ状態ができちゃう。例えば教義の反復とか。あとは外界からの情報をシャットアウトすると、かつての価値観に刺激されないからより簡単に植え込める。出家といわずとも、家庭でだってできちゃう。宗教じゃなくても、トンデモとか陰謀論とか偏った思想にハマる人も、この辺りに原因があるんじゃないかなと思ったりする。

それを自覚的にやってる団体は、たぶんあると思うけど、洗脳として批判できるかというと、社会的には結構難しい。それと、その状態が幸福か不幸かを外部の人間が判断すべきかという問題もある。僕には信仰がいっさいないから実感としてはわからないけど、それで救われている人がいるのも間違いないから。

とりあえず身近な人の心になんかありそうだったら、まず休ませてあげて、落ち着いたら病院に連れて行くことくらいしかできないと思う。あと、洗脳を用いる団体があるとしたら、社会との軋轢を厭わないところってのも覚えておくといい気がする。

新装版 洗脳の楽園

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大熊信

上野から浅草通り無限遠

大熊信(だいくましん)。東東京在住の編集者、ライター。たまに写真。cakesやnoteをやってるピースオブケイクという会社にいます。最近聞いた一番面白い話は「"坊主憎けりゃ袈裟まで憎い"の対義語は"シスターのことが好きなので下着をください"」です。
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コメント3件

父が宗教やってます。本人はそれにすがる事で精神安定してる様子。内気で布教なんて出来ないから人に迷惑はかけてないし、女やギャンブルにハマるより良いかな?と思ってます。
私も取材等を通じて「正しい宗教ほど、“自らのことを宗教とは言わない”」という革新を得ています。ちょうど「正しい宗教の見分け方」という記事を書いている時に、こちらの記事に行き当たったので、思わずコメントを書いちゃいました笑。急に失礼致しました。
もう20年位前に、西田 公昭のマインド・コントロールとは 何か。という本のお陰である宗教を抜け出せました。人に迷惑をかける宗教でした。反省してます。
〉心が徹底的に弱っている人は、すでに人格を破壊されたのと同じような状態の場合がある。
そこに意図せずとも同じ何かを繰り返し教えれば、簡単に洗脳と同じ状態ができちゃう。例えば教義の反復とか。あとは外界からの情報をシャットアウトすると、かつての価値観に刺激されないからより簡単に植え込める。
それはあると思う。
あの時は若かったから、わからなかったけど、今考えると、拉致監禁にも値する事をされていたなぁと、当時を振り返って思う。
外界からも遮断されるし、その宗教が全てとなり、脅され逃げることも出来なくなり、逃げるとストーカー並みに追い回される。
元々人生ボロボロだったから、抜けた後は、ひたすら自分と向き合う事になる。でも、あの宗教なかったら自殺してたかも。
その点だけは、よかったのかな。
迷惑かけてしまった人には、本当に申し訳ないと今でも思っている。
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