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ドラマの『逃げるは恥だが役に立つ』を見た。見る前に、このドラマが話題になり始めたころから、契約結婚だの、恋ダンスだの漏れ伝わってくる情報があった。主役が星野源と新垣結衣。二人は恋愛関係でもないのにひとつ屋根の下で暮らす。主題歌を星野源が歌って、クライマックスで星野源の曲が流れて、星野源の曲で新垣結衣が踊ってるわけだ。言ってみれば星野源に支配された世界だし、仕組まれた洗脳みたいなものだし、新垣結衣が星野源を好きにならないわけがない。そんなみえみえのドラマをどうやって楽しめってんだ。と思ってた。

実際見たらだいたい当たってた。話題になるのがエンディングの恋ダンスばかりで、チャラン・ポ・ランタンのオープニング曲が一切知られてないのがその証左だろう。とはいえ見た上で思ったことを少し書き足したい。

星野源演じる津崎はクソ野郎だ。年齢がそのまま恋人いない歴という設定からもわかるように、恋愛に対する呪いのような現状維持バイアスがある。触れたいとかやりたいという自分の感情とは裏腹に、あれこれ思索をめぐらした挙句、このままなにもしないのがベストという判断をくだしてしまう。相手のことを思ってこそ、みたいな判断も結局は自分のためにすぎない。どうせうだうだしているうちに、自意識の葛藤のないノリだけ明るい男どもに女の子は持ってかれるものだ。それなのに、ノリだけ男はおろかそっち行っちゃった女にも悪態をつくのだろう。ああ、あんなのに捕まる程度の女だったんだね、と。童貞とは性交経験の有無ではない。その精神こそが童貞なのだ。

性交したとして、その証は体のどこにも刻まれない。そもそも母親の産道を経てこの世に生を受けた我々、生まれながらにしての童貞など存在しない。人は童貞に生まれるのではない、童貞になるのだ。そして僕もまた童貞なのである。そんな童貞を新垣結衣演じるみくりは無条件に好きになる。本当に、理由がないのだ。付き合っているわけでもない女が他の男の家に家政婦に行っただけで嫉妬を丸出しにしてしまう男を、誰が好きになるんだよ。でもみくりは好きになる。なぜか。星野源に支配された世界だからだ。

いや、好きになるだけならいい。みくりは常に津崎に欲情している。比喩とかじゃなく、本当に欲情している。その姿がむちゃくちゃかわいいのだ。我々童貞の化身である津崎に、無条件に欲情する超絶かわいいみくり。話が進むたび、これはただの童貞ファンタジーだ、これ以上見てはいけない。津崎の正体は星野源だ。星野源なんて体も精神も童貞ではない。むしろ真逆だ。でも止められない。これ以上見るときっと帰ってこれなくなる、やめてくれ、と思いながら7話まで一気に見てしまった。

そして僕は8話以降も見るんだろう。最終話の頃には恋ダンスが踊れるようになっているのかもしれない。こんなの、VRでアダルトビデオを見ながら、後ろから星野源に犯されているようなものだ。

PENTAX SP Ⅱ SMC Takumar 28mm f3.5 Fujifilm記録用ISO100


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大熊信

上野から浅草通り無限遠

大熊信(だいくましん)。東東京在住の編集者、ライター。たまに写真。cakesやnoteをやってるピースオブケイクという会社にいます。最近聞いた一番面白い話は「"坊主憎けりゃ袈裟まで憎い"の対義語は"シスターのことが好きなので下着をください"」です。
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