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お母さんにも見せたことないのに、の続き

例の自信満々の先生は饒舌だ。饒舌な人は好きではない。前担当の死ぬほど優しい先生は、寡黙だけど信頼できた。おべっかみたいな言葉は一切使わない。いや、恐らく使えるほど器用じゃない。でもその分発する言葉に嘘がないという信用があった。

そう考えると、自信満々の先生の言葉に嘘はあるだろうか。優しくない分、ダメなことも堂々と言ってくる。そこに嘘は感じられない。結局僕は嘘つきが嫌いなだけで、この先生のことも信頼できる気がしてきた。あとは時間だけ。僕たち2人に足らないのは、一緒に過ごした思い出だけなのではないか。

しかし残念なことに、治療は今日で終わり。信頼関係を築く前に、僕たちは終わってしまう。少し残念な気持ちを抱えたまま、最後の治療を終えた。例によって、ちっちゃい鏡で口内をくまなく確認しながら、自信満々の先生はこう言った。

「右下、虫歯になりかけてるところありますね。これ次回やりましょう」

何だとコラ! 親知らずで終わったんじゃねえのか、ああ!? 何回引き伸ばせば気が済む。俺からどんだけむしり取ろうってんだ! 怒髪天に達した僕は、この3ヶ月間絶対に言うことを自分に禁じていた言葉を口にした。

「えぇと、あのぅ、あとぉ……どれくらいでぇ……お……わりますかねぇ……?」
「これ削ったら最後ですね。そのあと一回、歯のメンテナンスや、今後の検診のことについて相談する日を作ってもらえれば」
「はいぃ」

この物語は、死ぬほど優しい先生、自信満々の先生、そして卑屈な僕で構成されている。強気に出れるわけがないだろう。

「あと、大熊さん噛む力強いようなので、歯ぎしり用のマウスピース作った方がいいかもしれませんね」
「え?」
「レントゲン見ると、片側の犬歯が削れてるの、わかります? このままだと、歯が削れるだけじゃなくて、歯茎が落ちてきたり、歯が割れたりすることもあるんですよ」
「ええ?」
「大体5000円くらいで作れますので、よかったら次回歯型を取って最後の日にお渡しできれば」
「……お願いします」

まんまとまたお金を払うことになってしまった歯科治療。賽の河原で石を積むように、歯医者で歯を削ってきた物語ももう少しで4ヶ月。あと2回で本当に終わるのだろうか?

お金よりも大切なものがあるとは思いますが、お金の大切さがなくなるわけではありません。