動物はおかずだ歩き食い祭りの総括

 おかげさまで、6月1日の「動物はごはんじゃないデモ行進」に対する「動物はおかずだ歩き食い祭り」は無事、終了いたしました。ご参加くださった皆様、ありがとうございます。その1週間後に高円寺パンディットで開催されたトークイベント「動物はおかずだ!大反省会」に起こしくださった皆様も、ありがとうございます。反省会の内容も踏まえつつ、総括めいたことをしてみようと思います。

 「動物はおかずだ歩き食い祭り」は、ざっと見渡した感じ30人だか40人だか、けっこうな数が集まったように見えました(デモ終着地点では20人くらいになっていたでしょうか)。肉食撲滅を目指すアニマルライツ集団の前でお肉を食べまくるというアホ企画に、こんなにたくさん集まっていただけるとは大誤算でした。しかしこれといってトラブルもなく、概ね穏当でにこやかな祭りとして終了できました。参加者の皆様のご理解とご協力、我々に対して粗暴な対応をしないでくれたアニマルライツ集団や警察の皆様のおかげです。改めてお礼を申し上げます。

■現地での逸脱行為について

 とは言え、憎悪表現を避ける、その他の一般的なルール等を守る、という今回の祭りの趣旨やルール等から逸脱した行為が全くなかったわけではありません。

 アニマルライツ集団のデモ隊に対して、メガホンで非難の声を浴びせるネット配信者の男性や、日本侵略を許さない国民の会(日侵会=ヘイトスピーチ活動をしているレイシスト団体)の菊川あけみ氏がいました。菊川氏は単独行動で、「ヴィーガン」がどうの「植物の命」がどうのとまくしたてていました。

 「動物はおかずだ歩き食い祭り」では事前に、憎悪表現や威圧的な行為などを禁じ、逸脱行為を行った人は参加者とは認めず擁護しない旨を表明していました。彼らを参加者とは認めませんし、現場では藤倉自身がメガホンで「怖い声出しちゃダメですよ」「ヴィーガン差別やめよう」とアナウンスしたり彼らと距離を置いたりして対応しました。

 また別のネット配信者らしき男性で、アニマルライツ側のデモ隊に加わり、デモ隊の中で肉を食べたり「肉食え肉!!」というプラカードを掲げたりしていた人もいました。アニマルライツ側のデモ隊への接触も「動物はおかずだ歩き食い祭り」では禁止する旨を表明していました。これも逸脱行為であり、「動物はおかずだ歩き食い祭り」呼びかけ人としては容認できません。

 一歩間違えばアニマルライツ側のデモ隊の中での揉め事に発展し、デモへの直接的妨害行為になる恐れもありました。トラブルにならず「見た目おもろい」で済んだのは、ひとえにアニマルライツ側デモ隊の理性のおかげです。アニマルライツの皆さんのオトナの対応に、深く感謝いたします。

■祭りへの批判等について

 祭りの前後に、いくつか批判もいただいています。しかしその大半について、ぼくは「快不快という感情的評価の域を出ないものであり、こちらがそれに従わなければならない根拠がない」ものと受け止めています。

 おそらく最も多い批判は、ヴィーガン(アニマルライツ)の眼前で肉を食べるという行為は嫌がらせであるというものではないかと思います。嫌がらせの要素があることは否定しません。そもそも抗議の表現自体、対象となる側からすれば多かれ少なかれ、嫌がらせでしょう。問題は、それが不当なレベルであるか否かです。

 アニマルライツデモの眼前で肉を食べる行為を嫌がらせだからダメだというのであれば、肉料理店が立ち並ぶ渋谷の街に動物のグロい屠殺写真等を掲げ「お肉を食べるのをやめよう!」などと叫んで練り歩くアニマルライツのデモも、同等に否定されるべき嫌がらせです。後者が容認される以上、前者も容認されなければいけません。

 「動物はおかずだ歩き食い祭り」が悪趣味な企画であることは確かです。それを快不快という感情で評価する人がいるのも当然です。好意的な評価もまた、多くは「おもろいから」という感情的評価だと思います。

 何を不快と感じようが、それを表明しようが自由ですが、他人をそれに従わせるだけの根拠にはなりません。ぼく自身、従わないだけではなく、辻褄の合わない、あるいは主観の押しつけでしかない「お気持ちの表明」に対しては何も感じません。

 今回、直接ぼくに寄せられた批判の中で、唯一「仰る通り。申し訳ない」と思ったのが、祭り後に寄せられたC.R.A.CのSoul Riot氏からの「真剣さがない」という批判でした。

https://twitter.com/jpnriot01/status/1134998906062770176

 注目を浴びたことで「ヴィーガンという生き方は否定しない」「他人に押し付けるな」という主張を盛り込んだ声明文も広く人目に触れました。ネット上で「名文」などと言われ(そこまで言われると、こっちが恥ずかしくなりますが)、声明文を紹介する人のツイートがバズったりもしました。現地でのデモの絵ヅラだけなら単なる悪ふざけですが、メッセージはこういう形で広範囲に広がりました。

 ですから「騒ぎたいだけなら大成功、一部のヴィーガンの押し付けを批判、周知したいという動機なら大失敗」とは思いません。踏みとどまって考えることをしないかもしれない人に対してメッセージ(声明文)を伝えるという目的は、かなりの部分で果たされました。逆に、他人から言われるまでもなくそういうことがわかる真剣な人々に対して、手間ひまかけてこんな声明文を突きつける必要はないでしょう。

 この点ではSoulRiotさんの批判に同意はしませんが、それはそれとして、日頃真剣にデモやカウンター活動をしている人から見れば、こんなふざけたものが「デモ」だの「カウンター」だのと称していたら、ムカつくだろうと思います(Soul Riot氏はそうは書いていませんが、一連のやり取りの中で「運動の挟持の問題」との趣旨の指摘はありました)。デモやカウンターを真剣にやっている人々からすれば、デモはデモ自体が重要な目的であり手段であるのだろうと思うので、「仮に声明文の趣旨はマトモであっても、デモそのものがふざけた印象だったらダメだろう」というのは当然の挟持として、あると思います。

 これに対しては、真剣なデモやカウンター活動の価値を認める立場として、ぼくは申し訳なさを感じます。

 「動物はごはんじゃないデモ行進」の手法は、それが生み出すメリットを重視して判断したものです。今後も、少なくとも不当な行為でない限り、批判を想定できたとしても意義を見いだせれば類似の手口を用います。これはこれでぼくの挟持です。

 それでも、真剣にやっている人から「真剣さが足りない」的なことを言われれば、本当にもうその通りで申し訳ないと思います。ぼくはぼくの挟持を捨てる気はないので、許してとか認めてとは言えませんが、申し訳ない気持ちはあるということだけお伝えしておきます。

■ムスリムを引き合いに出す批判について

 今回の祭りについて、「ムスリムの眼前で豚肉(あるいは非ハラル)を食べるのと変わらない」といった趣旨の批判も散見されます。これは完全に間違いですし、ムスリムを誤解しているように思えます。

 非ムスリムに対して「豚肉を食うな」「非ハラルの生産・消費をやめろ」などと押し付けてくるムスリムを、ぼくは直接にも間接にも知りません。

 他人に何も押し付けず、ただ自分たちの生活や信仰を守っているだけのムスリムの眼前で敢えて非ハラルを食べて見せるなら、それは不当な嫌がらせであり、ヘイトスピーチ的な表現とさえ言えるでしょう。

 しかし「動物はごはんじゃないデモ行進」は自らが英語で「全ての屠殺場閉鎖のための行進」と謳っています。現地でも「肉食をやめよう!」と叫んでいました。「私は野菜だけを食べたい。ヴィーガンレストランを増やして!」というデモではありません。「お前ら肉食うな。食えないようにしろ」というデモです。ハラルをめぐるムスリムのあり方とは完全に異質です。

 後述しますが「動物はおかずだ歩き食い祭り」はヴィーガン全般をターゲットにしておらず、特定のデモのみを対象とした抗議活動です。そして対象にしたアニマルライツセンターのデモは、ムスリムとは全く違い、価値観を共有しない他者の自由や権利を否定するものでした。

 ムスリムを引き合いに出して「動物はおかずだ歩き食い祭り」を批判する意見は、祭りの趣旨や実態、アニマルライツのデモの実態を踏まえていません。また、ムスリムを「異教徒の食事をとやかく言う人々(つまり今回のデモにおけるアニマルライツ)」であるかのように扱う意見であり、ムスリムへの誤解や差別につながりかねないものですらあります。

■ヴィーガンとアニマルライツの区別について

 「動物はおかずだ歩き食い祭り」への批判というより、ネット上でヴィーガン全般への非難や侮蔑がネット上で横行していることへの警鐘というニュアンスが強い印象ですが、「ヴィーガンとアニマルライツ過激派を一緒にしないで欲しい」というたぐいの意見もあります。

 たとえばこれ。

https://twitter.com/VGokai_Arai/status/1134673107468267521

 後に出た修正版がこちら。

https://twitter.com/VGokai_Arai/status/1135359980561788928

 当初のツイートでは2枚目の画像で「ヴィーガンとは、理由関係なく肉・卵・乳製品・はちみつを食べない方の総称です」と書かれており、1枚目のメイン画像の改訂版で「理由問わず動物から搾取した食べ物を制限する人」という説明が加わりました。

 アニマルライツ過激派をヴィーガン全般と同一視すべきではないというツイート主の主張には賛同できます。しかし、納得できないのは、動物性の食品を忌避する人を「理由関係なく」ヴィーガンと呼ぶのに、アニマルライツ(もしくは過激派)に対してヴィーガンではないかのような別名称を望んでいる点です。それはさすがに、ご都合主義がすぎるのではないかと思います。

 たとえば、ツイート主は「野菜おいしいね」「体質や宗教などでお肉が食べられない」(当初は「アレルギーや宗教でお肉が食べられない」)といったケースもヴィーガンに含めています。これらの人々は、嗜好、体質、信仰によって肉を忌避している、あるいはせざるを得ない人々です。「動物を搾取しない」というヴィーガン的な思想の実践者とは限りません。逆に、アニマルライツ過激派は動物の搾取に過激な手法で反対する人々ですから、むしろ「動物を搾取しない」という思想の実践者としては純度が高い。

 仮に「理由を問わず」「動物を搾取しない」のがヴィーガンの定義だとするなら、アニマルライツ運動もその過激派はむしろ「立派なヴィーガン」でしょう。この点で、ツイート主が作った図表は自己矛盾の要素をはらんでいます。

 ツイート主は決してアニマルライツ過激派を「ヴィーガンではない」とまでは言っていないし、図表でも「アニマルライツ/動物愛護過激派」をヴィーガンと重ねてはいます。決定的に間違っているわけではなく、区別の力加減や根拠とする理屈の整合性の問題でしょう。

 また、「動物はごはんじゃないデモ行進」もヴィーガン運動の一種に見えますが、それは飽くまでも現状、結果的に(あるいは意図的に)混じり合っているというものです。「動物はごはんじゃないデモ行進」を主催したアニマルライツセンターは、もともと「ベジタリアン」や「ヴィーガン」を全面に押し出してはいない団体でした。動物実験やペットをめぐる問題をメインに活動してきた団体で、当初は畜産などの「肉食」に関する問題提起もほとんどしていませんでした。

 この点は、調べていて面白かったので別記事にします。

 アニマルライツセンターに関しては、「アニマルライツ運動がヴィーガン思想を運動に利用するようになった」という構図に見えなくもありません。だとしたら、「標準的なヴィーガンと一緒にしないでくれ」という意見を、決して「標準的なヴィーガン」のワガママやご都合主義では片付けられません。

 しかしこの論点も、「動物はおかずだ歩き食い祭り」においては問題になりません。この祭りは当初より声明文で、「動物はごはんじゃないデモ行進」に対するカウンターにすぎず、他者に迷惑をかけないヴィーガンという生き方は否定しないことを明確に表明していました。

 また、「動物はおかずだ歩き食い祭り」は渋谷警察署から事前に中止を要請されており、たとえデモの届け出をしても「動物はごはんじゃないデモ行進」のデモと同時刻・同ルートでは認められないと告げられました。別時刻・別ルートで行えば、「動物はごはんじゃないデモ行進」への抗議であるという趣旨が不明確になり、抗議の対象がヴィーガン全般であるかのように捉えられかねない要素が増します。

 そのため、警察からの中止要請を無視し、無届けの活動として問題ない範囲にとどめつつ同時刻・同ルートで敢行しました。批判対象を明確にする上で不可欠な手法でした。

 このように「動物はおかずだ歩き食い祭り」は、警察権力に逆らってでも批判対象の範囲を明確にするという姿勢で行われました。この祭り自体がヴィーガン全般を非難するものでないことは、客観的な事実として明らかです。

■呼びかけ人の責任

 ただし、祭りと直接には関係ない方面で、問題はありました。この祭りがネット上でのヴィーガン叩きの機運に火をつけてしまったという間接的な影響の部分です。

 直接のやりとりがないネット民の行動をぼくがコントロールする術はないので、ぼくにはどうしようもありませんが、それでも責任は感じます。

 ネット上では、「動物はおかずだ歩き食い祭り」の声明文に記された趣旨をきちんと読み取ってくれている人の反応も多かったように感じます。しかし一方で、そういった内容とは無関係に、ネット上で話題になっている流れに乗って、差別や中傷と批判との区別もつけずにヴィーガンの悪口を言う人達も盛り上がっていたように見えます。

 差別や憎悪の横行はヴィーガン全般に対して不当である上に、ヴィーガン思想に対する理性的な批判の妨げにもなります。ヴィーガン差別は、過激派が自己正当化し支持者を増やすため・支持者をつなぎとめるためのプロパガンダにも利用するでしょう。

 こういう状況になってしまうと、次回以降のアニマルライツセンターのデモ等に対して同じことをやろうという気にはなれません。たとえ間接的影響であるにせよ、ヴィーガン差別の片棒は担ぎたくありません。

 差別を助長しないためには、批判する対象の範囲を明確にし、何も問題がないヴィーガンを巻き込んで非難する人々に異を唱える必要があります。「動物はおかずだ歩き食い祭り」の声明文においてはそれを行っていました。今後もぼくがヴィーガンやアニマルライツの問題や危うさを指摘していくのであれば、肉の歩き食いよりもそれをやっていくべきだろうと思います。もちろん、家やお店でお肉は食べます。

 「動物はおかずだ歩き食い祭り」の1週間後の6月8日に高円寺パンディットで開催された「大反省会」で、ぼくは「もし今後、アニマルライツのデモに対してヴィーガンを差別するような対抗活動を起こす動きがあれば、ぼくはヴィーガンを守る側に回る。肉を頬張りながら『ヴィーガン差別やめろ』と叫ぶ」という趣旨のことを口走りました。

 ネット上でヴィーガンやアニマルライツを云々する皆さんにも、差別・憎悪なき批判を目指していただきたいと思います。そして、いかに自分の批判対象であろうとも、その人々が差別の対象になっている場面では、自分の主張は捨てなくてもいいので差別被害者を守ってください。

 批判と、否定や排除とは違います。自分が批判する対象に対するものであっても差別や中傷は容認すべきではありません。仮に批判対象から「お前に味方されたくない」と言われたとしても、です。批判対象に喜んでもらう必要はありません。批判と差別の区別もできないような世の中じゃ恥ずかしいでしょう。そういう世の中にしないためです。

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藤倉善郎(やや日刊カルト新聞)

やや日刊カルト新聞(http://dailycult.blogspot.jp/)の被告人兼総裁です。カルト宗教を取材するジャーナリストですが、最近、諸々「表現の自由」の危機を感じる場面が多いので、そのあたりのことも書いていきたいと思います。
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