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大清西部劇 第四話 アルタイ地区

●4.アルタイ地区
 アフメットはジャフトの死体から手掛かりになりそうなものを探していた。
「隊長、こいつは何も持ってないようで、糞の役にも立ちませんぜ」
「そのようだな」
石はため息をついてから、林の方を見た。
「石隊長、こうなったらジャフトが何か言い残してから死んだことにして、アルタイ地区に踏み込もう」
「林、しかしイスマイ家がどこにあるか、わからないのだぞ」
「このままただ真っ直ぐ北に向かえば、イスマイ家か別の勢力のどちらかが、ちょっかいを出してくるはずだ。
そこで、そいつらを捕まえて、聞き出す」
「なるほど、おびき寄せるのか」
石はアフメットの方を見る。
「とりあえず、林の言う通りやるしかないでしょう」
アフメットは死体を蹴って転がしていた。

 早朝、野宿した場所から発ち、昼前にはアルタイ地区を示す石碑を通り過ぎた。
「ここいらで、休憩するか」
石が馬を止めた。
「まだ早い。もうしばらく進んで、午後2時に休憩した方が良いと思うが」
林は懐中時計を見ていた。
「林、時間に几帳面だな」
石は懐中時計を珍しそうに見ていた。

 強い日差しを浴びながら、一行は荒野を進んだ。先刻見た石碑は遥か彼方の地平線の辺りに、僅かに見えていた。前方を見ると集落の屋根があった。
 「オアシス集落にたどり着いたが、どうする」
石は林を見ていた。
「午後2時の10分前だが、休んでも良いんじゃないか」
林は懐中時計を見てから蓋を閉めた。

 一行は馬から降りて、水筒の水を飲んでいた。
「旅の人、どちらに向かうんですかい」
どこからともなく現れたウィグルの老人が石にたずねてきた。
「イスマイ家の別宅に向かっているんだ」
石の横にいた林が、すかさず答えていた。
「イスマイ家ですか。聞いたことがありませんな」
「知らないのか」
林はわざとらしく驚いたフリをしていた。
「かなり遠い所のようなので、今晩は、この集落で泊まっていったらどうです。酒もありますよ」
「そうか。ささやかながら、宿代ぐらいは払うぞ。カネはあるしな」
石は集落を見渡し、危険な雰囲気がないかさり気なく確かめていた。しかし何も見当たらないようなので、軽く微笑んでいた。

 夜半過ぎ、アフメットの手下たちは酒に酔いつぶれていた。林たちは老人の家の離れで飲んでいた。
「林、あんたは酒に弱いんだな。あんまり飲まないじゃないか」
アフメットは酒を勧めようとしていた。
「アフメット、出された酒の量が多過ぎると思わないか」
「それはそうだろう、旅人を歓待しているのだから」
「俺は、罠だと見た。石隊長はどう思う」
「まあ、その可能性はあるが、我々がここにいることを、どこかに知らせに行った奴はいなそうだぞ」
「それでも石隊長は、それほど飲んでないじゃないか」
「用心に越したことはないからな」
石は羊の干し肉をかじっていた。
「俺はちょっと酔い覚ましに、周りを散歩してくる」
林は、離れのドアを開けて出て行った。

 月が西に傾く頃、離れでは林、アフメット、石は、それぞれ好き勝手な場所で雑魚寝をしていた。
「親方、てぇへんです。囲まれました」
見張りをしていたアフメットの手下が離れに飛び込んで来た。三人はほぼ同時に飛び起きた。
「誰だかわかるか」
アフメットは拳銃の弾を確かめていた。
「わかりやせん。ただ集落が松明で囲まれてます。それに住民が人っ子一人いやせん」
手下の声に、窓の外を覗く林と石。
「おいで、なすったな」
林は徐々に狭まって来る火の輪を冷静に見ていた。
「林、あんたのことだから、なんか作戦があるのだろう」
石はニヤリとしていた。
「まぁな。もうちょっと引きつけてからだ」

 火の輪が集落に迫って来た。
「林、まだ何もしねぇのか」
アフメットは苛立っていた。
「見てろよ」
林は、松明を持った一団の足元に狙いを付けていた。林は立て続けに拳銃をぶっ放した。一団の足元は次々と爆発して、悲鳴と共に人が宙に舞っていた。
「散歩と称してダイナマイトを仕掛けてたのか」
アフメットは苦笑していた。
 これを合図に身を隠していたアフメット、石、アフメットの手下が一斉に発砲した。襲ってくる一団の方も撃ち始めた。松明を持った男が倒れると、その体に火が付き燃え上がった。アフメットの手下は、やたらに撃つものの、相手になかなか命中していなかった。
 火の輪はあっちこっちで欠け、狭まることはなくなった。林は、射的で的を落とすように、次々と相手を撃ち抜いていった。石は、すぐ手前まで来ていた相手を撃ち倒していた。弾丸が飛び交い、離れの壁に当たっていた。
「敵は、どのくらいいる」
石は松明の明かりで見える範囲を見ていた。
「ざっと、20人ってところかな。でも既に7、8人になっているだろうが」
「林、手掛かりになりそうな奴は生かしておけよ」
「石隊長の見立てでは、どいつだ」
「そうさな、あの赤っぽい帽子の奴と、一番遠くにいる奴だ」
「わかった」
林は、離れを飛び出し、転がりながら、発砲してくる方向に向かって撃っていた。アフメットは、特に頼んでもいないのに援護射撃をしていた。林は手を挙げて謝意を示していた。
 林は、松明の明かりがない暗がりから、しゃがみ込んでいる赤っぽい帽子の男に飛びかかったが、頼りになく倒れた。男は胸から血を流していた。林は男を無造作にどかしていた。林は後方の離れに向かって、手で×印を作っていた。
 一番奥にいた男は、2人を伴って、立ち去ろうとしていた。それを見逃さなかった石は、林の馬を引き連れて出てきた。アフメットは、ひたすら全速力で後を追った。
 林は自分の馬に跨り、馬を全速力で走らせた。林たち三人は、襲った来た男たちに接近していく。アフメットが投げ縄を投げ、真ん中の男を引きずり落とした。
「アフメット、そいつは違う。捨て置け」
石が叫ぶ。
「わかりやした」
アフメットは馬に拍車をかけた。
「アフメット、左の男だ」
林が銃を撃ちながら叫んでいた。左の男は銃声に怯んだ、その隙にアフメットの投げ縄が男を捉えた。石は右の男を撃とうとしていたが、足を撃ってから撃鉄を戻していた。右の男はしばらく進むと足の痛さに落馬していた。

 捕縛した男を囲む林、石、アフメット、アフメットの手下は二人減って7人であった。
「お前らは何者だ。吐け」
アフメットは、蹴り倒していた。男は目をカッと見開いているものの、何も言わなかった。
「お前、あそこのカネが目当てか、話してくれたら少し分けても良いぞ」
石は、ボロ布がかかった荷車の方に顎を向けていた。
「カネがあるのか」
男はぼそりと言った。
「やっと喋ったな」
アフメットは、小突いていた。
「顔つきからしてイスマイ家の者じゃないな」
林は、松明を男の顔の前に持っていった。しかし夜が白々と明けて来たので、松明の明かりも必要なくなっていった。
「俺の顔がわからないのだから、イスマイ家の者ではないようだ」
アフメットは顔を近づけてから、男に頭突きを食らわしていた。
「それじゃ、殺しても良いな」
林は拳銃の撃鉄を起こしていた。
「いゃ、ちょっと待て」
「俺らはイスマイ家に用があるんだ。他はいらない」
林は男の額に銃口を押し付けた。
「俺はニヤゾフ。イスマイ家と敵対する軍閥の二代目だ」
「俺は巡察隊だが、そんな軍閥は聞いたことがないぞ」
石は男を睨みつけていた。
「ここはアルタイ地区だぞ、新疆省に役人が知る分けないだろう」
「まぁ、いずれにしても関係はない。やってくれ」
石は引き金を引くポーズをしていた。
「わかった。待ってくれ。お前らに役立ち情報がある」
ニヤゾフは冷や汗をかいていた。
「言ってみろ。内容次第だな」
石が言うと、林は撃鉄を静かに戻していた。

 林たち一行はニヤゾフ軍閥の二代目を先頭に歩かせて進んでいた。二代目は手を縛られているので、歩き難そうにしていた。
「林、こいつは本当にイスマイ家の別宅に案内しているのか」
石、林、アフメットは横並び馬を進めていた。
「正しいか、間違っているかは、わからないが、聞いてみるか」
林が言うと石はどうやるのだという顔をしていた。
 「おい二代目、俺らが知っている道と違うぞ。騙しているな。ということは…」
林は二代目の足元を撃ち、砂煙を上げさせた。
「えっ、知らないのか。これが近道だろうが」
二代目は強張った表情をしていた。
「近道だと…、証拠を見せろ」
林が言うと二代目は困り顔になっていた。
「どうすれば、信じてくれる。それに歩きはきつい。馬に乗せてくれ」
「馬だと、バカ野郎、逃がすわけには行かないからな」
「このまま進んでも良いのか」
二代目は怯えた目つきをしていた。
「…しばらく様子をみてやるか。どうするアフメット」
「使えない奴は殺せ」
アフメットは撃鉄を起こしていた。
「アフメット、短気はいかんぞ」
石がいさめていた。

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