時間 向き合いたい
前職は、合理的、最短最速思考を奨励する文化でした。
「時間の価値は人によって違うよー!時間大切にしよう!」
という、10年前の記事を書いた新入社員の僕。
そこから5年ちょっとをそんな文化の中で過ごしました。
特に後半の3年間、人事として働いた期間は修行でした。
(将来につながる! という価値を自ら見いだせていなかったら、抜け殻になっていたかもしれませんw)
とにかく効率的に。本質的に。
優先度と重要度を考慮する。
1分でできることは何か? タスクを細分化し、まずやるべきことは?
ミーティングの時間、想定より2分押したけど・・・
とにかく数を、経験値を! でした。
仕事でもプライベートでも、予定が埋まっていることがうれしくて、どんどん動いて、身に付けて、つながりができていく。
それが一番、うれしかった。
しかし独立して以降(ここ半年程度は特に)、
時間的余白に尊さを感じるようになりました。
直近ではコロナの影響もあって、
予定がなくなり、内観する時間がとれたことも大きいです。
余白の尊さ。何も予定がない、という状況への有難さ。
そんな過去を回顧して、今の自分と比較しています。
そして思うことは、時間自体への尊さです。
増えることは決してないもの。
誰にでも平等になるし、進む尺度も一緒だけど、
体感は異なるもの。
んー、なんか、書いていると、
時間ともっと向き合いたくなってきましたね。
向き合う、という結論で終わりたいので、そうします。
※今回まで、10年前の記事タイトルを踏襲してきましたが、次回から辞めることにしました。思ったより、引っ張られるなぁ、と感じたため。次回からは都度、その時思っていることを記していきたいと思います。
10年前の記事はこちら。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?