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2024年、ウェブトゥーンの勝算

日本では2022-23年が「ウェブトゥーン元年」と言われます。

縦スクロールでオールカラーのスマートフォンに特化した「ウェブトゥーン(WEBTOON)」は、マンガ文化の歴史が長い日本人にとっても”見た目”に新しく、ビジネス系メディアなどを中心にたびたび特集されました。

ウェブトゥーン 縦スクロールで時短読み」日本経済新聞

「ピッコマ」「LINEマンガ」などマンガアプリが次々とウェブトゥーン作品を登場させ、「『俺だけレベルアップな件』(ピッコマ)が1ヶ月で1億円を売り上げた」など大きな話題になりました。

スマホゲームの「基本プレイ無料」に似た、「待てば無料(で読める)」のビジネスモデルにも注目が集まりました。出版社や電子書店だけではなく、ゲーム会社や放送局、スタートアップなどがこぞってウェブトゥーン事業に参入しています。

ウェブトゥーン業界カオスマップ 2023年6月版」コミチ

世界のウェブトゥーン市場は2028年には275億1007万ドル(約3兆9064億円)、実に2021年の約7倍に拡大すると試算されています。(QYResearch「Global Webtoons Market Size, Status and Forecast 2022-2028」より)

ウェブトゥーンがビジネス的に厳しい理由

ところが、どうでしょう? 「ウェブトゥーンの景気がいい」という話は、あまり聞きませんよね。

一般的に認識されているウェブトゥーンのビジネス的な課題には、①高額なウェブトゥーン制作費、②プラットフォームの厳しい料率、③爆発的ヒットの不在、の主に3つが挙げられます。

①高額なウェブトゥーン制作費

ウェブトゥーンの制作費は、1話あたり50万円ぐらいが相場。フルカラーで制作フローがスタジオ型のアニメに近く、原作・キャラクターデザイン・ネーム作成・人物線画・色塗り・背景などを5-15名で分業するスタイルです。横読みマンガは1話20-30万円ぐらい、基本的には漫画家が個人でリスクを負うスタイルですので、やはりスタジオ型のウェブトゥーンとはそもそもリスク・リターンの考え方が異なります。

②プラットフォームの厳しい料率

縦スクロールの「ウェブトゥーン」は、スマートフォンに読みやすく最適化されており、主にマンガアプリで読むものです。Apple(App Store)/Google(Google Play)で30%、さらにウェブトゥーンのプラットフォームが40-50%の取り分と言われており、ウェブトゥーンの制作会社に残るのは売り上げの20-30%になってしまいます。

③爆発的ヒットの不在

『俺だけレベルアップな件』(ピッコマ)以外にも、『入学傭兵』(LINEマンガ)の2023年9月の販売額が1億8000万円になるなど、LINEマンガでは複数作品で1億円を突破しているそうです。しかし、尾田栄一郎先生の「ONE PIECE」コミックス全世界累計発行部数が連載開始26年で5億部(5億部×440円÷312ヶ月=月平均で約7億円)であることを考えると、まだまだ差があります。映画やゲームなど当たり外れが激しいエンターテイメント業界にとって、爆発的ヒットは必要不可欠な存在です。

こうした要因のうち、①②は最適化・効率化するしか方法がないと思いますが、不思議なのは③です。ウェブトゥーンの歴史が浅いとはいえ、もっとグローバルで大ヒットが生まれても良さそうなものです。

SNSでバズらないウェブトゥーン作品

いちばん大きな理由は、マンガの主戦場がアプリからWebに回帰していることが大きく影響しているように思います。

マンガアプリは、アプリをダウンロードしてマンガを読んでもらうことで、読者を囲い込む(クローズド)タイプのビジネスです。外に逃げないように感想やレビューもアプリ内で完結するように設計されています。ですので、スマホゲームと同じようにCPA(Cost Per Acquisition:顧客獲得単価)のコントロールが重要で、作品の認知を広げる方法も「広告」が中心となります。

Webマンガは、話題になるように仕掛けて、SNS経由で読者に来てもらう(オープン)タイプのビジネスです。わかりやすいのは集英社のオンライン漫画サービス「少年ジャンプ+」です。アプリとWebサイトの両方で展開することで『SPY×FAMILY』『怪獣8号』『ダンダダン』『タコピーの原罪』などがSNSで話題になることで、ヒット作が次々と生まれています。

「デジタルコミック変遷年表」コミチ

少年ジャンプ+編集長の細野修平氏は、インタビューで次のように話しています。(太字は筆者)

「話題作を読みにきたのに、待たないといけないとか、課金が必要になると、読者が離れてしまう気がする。連載のいいところは最新話を一緒に盛り上がれるところで、少年ジャンプ+の仕組みはそれに応えられている」

「SNSで一緒に盛り上がったり考察したり、連載の最新話をみんなで追ったりする楽しみ方をしてもらえている。連載を追ってもらうのが僕らの理想なので、うれしい」

『少年ジャンプ+』、『ルックバック』など「読み切り」強化の理由」日経クロストレンド

最近も、好きなマンガのシーンを切り抜いて、マンガへのリンク付きでX(Twitter)に投稿できる新機能「切り抜きジャンプ+」を公開しています。みんなでいっしょに盛り上がることを重視していることがよくわかります。

ジャンプ漫画の好きなシーンをシェアできる「切り抜きジャンプ+

思い返してみれば、紙(アナログ)の全盛期では、小・中学生は教室や友達の家など様々な場所でジャンプをはじめとした雑誌を回し読みしていました。その場所がSNSに替わっただけともいえますし、みんなでいっしょに楽しむ「ライブ感(同時接続性)」がマンガの原点にあるのだと思います。音楽のライブでペンライトを振り、タオルを振り回すような”楽しさ”=体験価値です。

ウェブトゥーンはドラマ化で成功、アニメ化は?

SNSでの弱さがあるとはいえ、それだけではウェブトゥーン作品に大ヒットが少ない理由にはならないと思います。ほかの理由を考えてみましょう。そもそも、これまでのマンガと同じように、グローバルで大ヒットを生むにはウェブトゥーンも実写でのドラマ化(3D)やアニメ化(2D)などの映像化が必須ですよね。

実際に、ドラマ化ではヒットした例も多く、『梨泰院クラス』はNetflixでオリジナル作品としてグローバルで大ヒットし、日本でも『六本木クラス』としてドラマ化されました。そもそも韓国ドラマ(K-Dramas)はウェブトゥーン原作に限らず、Netflixでも人気のカテゴリとなっていることもあり、意欲的に制作されています。こうした映像作品群は、ウェブトゥーンの中長期にわたるアーカイブ的な売り上げに貢献しているのでしょうか。

梨泰院クラス」Netflix公式サイト

アニメ化は、まだまだ「これから」のようです。人気ウェブトゥーン作品『外見至上主義』はNetflixでアニメ化されていますが、続編が制作されるまでの人気にはなっていないようです。同じく『神之塔』を原作とするアニメ『神之塔-Tower of God-』は、ソニーが買収したグローバルアニメ配信事業者「クランチロール」で配信され、第2期は2024年7月放送開始と予告されており、グローバルで一定のファンを獲得しています

同じくソニー系のアニプレックス・クランチロールが関わる『俺だけレベルアップな件』は、まさに2024年1月から放送開始です。アニメ化がウェブトゥーン作品を大ヒットに導くのは、「まさに、これから」なのかもしれません。

TVアニメ「俺だけレベルアップな件」公式サイトより

ドラマ化よりも「IPビジネス」に勝算がある

さて、さまざまな関連記事を読むと、ウェブトゥーン制作スタジオは「作品の1つでもグローバルIP化してくれれば大きなリターンが出るはずだ」と考えていることが多いようです。

前述の「①高額なウェブトゥーン制作費」「②プラットフォームの厳しい料率」などを考えると、「③爆発的ヒット」つまり単にウェブトゥーン作品が売れるだけでは収益が足りないという事情もあるのだと思います。

実際に、グローバル化によりアニメ産業は3兆円に迫る勢いで伸びています。

アニメ産業レポート2023」 一般社団法人日本動画協会

その内訳を見ると、約半分を占めるのが「商品化」。アニメ化することにより、キャラクターグッズを展開できるだけではなく、さまざまな商品にキャラクターとして登場させることができるようになります。

アニメ産業レポート2023」 一般社団法人日本動画協会

前述の『ONE PIECE』は2022年にアニメ映画『ONE PIECE FILM RED』が北米他で大ヒットし、トレーディングカードゲーム 「ONE PIECEカードゲーム」は発売わずか1年で世界出荷10億枚を突破しています。

マンガも韓国に抜かされる!? 「エンタメ日本」の大巻き返し成るか」日経クロストレンド

これは実写でのドラマ化(3D)にはなかなかできないビジネスの波及効果です。たとえばBTS(防弾少年団)は独自に「BT21」というキャラクターを展開することによりグッズ展開などをしています。3Dそのままのビジュアルでは商品化する種類が限られるため、音楽アーティストなどが2Dキャラクター化して商品化する例は多いように見えます。

実際に、ウォルト・ディズニー社や東映アニメーションの株価が高い理由について、次のような解説がありました。(太字は筆者)

「ディズニーなら「ミッキーマウス」や「アベンジャーズ」シリーズ、東映アニメなら「ドラゴンボール」や「ワンピース」など、誰もが知る作品やキャラを持つ。これらのIP価値は財務諸表には表れにくいが、映画やグッズなど毎年何らかの形で収益をもたらす。いわばブランド価値ともいえ、これが高い株価評価を正当化している」

株価「進撃」のIGポート 株主と追うディズニーの背中」日本経済新聞

つまり、ウェブトゥーンを大きなビジネスに育てるには、ドラマ化よりもアニメ化で「IPビジネス」に展開するほうが望ましいというわけです。

さらに、TikTokなどショート動画SNSの登場により、『アイドル』(YOASOBI)が大ヒットして『【推しの子】』の認知が進むなど、音楽とアニメの両方がヒットすることがグローバル市場では大事になってきました。アニメ化するときにオープニング・エンディング曲がつくられることを考えても、アニメ化の重要さが増しています。

 「ウェブトゥーンのアニメ化」に不安な理由

以上のように考えると「ウェブトゥーンのアニメ化が成功するのか」がめちゃくちゃ重要だという話になってきます。特に、プラットフォームではなくパブリッシャー、つまり出版社やウェブトゥーン制作スタジオにとっては死活問題になりかねません。

ただし、ウェブトゥーンのアニメ化は前述のとおり現在進行中であり、結果が出るのはこれから数年かけてになります。どうなるかは誰にもわかりません。

僕は少し不安です。理由は2つあります。

1つ目は、ソーシャルゲーム(スマホゲーム)から大きくグローバルIPに育つ事例がまだ登場していないように見えるからです。スマホゲームとマンガアプリはとても似たビジネスであり、共に基本は無料なので「空き時間にプレイする・読む」という暇つぶし的な消費行動になりやすい。タイパが良くスキマ時間にサクッと楽しむ「スナックコンテンツ」と、じっくりと鑑賞する「作品」は、そもそもユーザー側が接する態度が異なるのではないかと感じます。

縦型ドラマ・マンガ続々 サクッとスナック感覚で」日経MJ

マンガとウェブトゥーンを比較するときに「横読み型 vs. 縦スクロール型」と比較されることがよくありますが、そういった横か縦かの表現方法の違いよりも、ユーザーがコンテンツを受け入れる態度の違いのほうが個人的には気になります。

また、ウェブトゥーンはドラマ化されるものが多いのでストーリーとして楽しめるものになっているのだと思いますが、アニメにはキャラクターの強さが求められるような気もしますので、そのあたりも影響してくるのではないでしょうか。

2つ目は、エンターテイメントに必要な「多様性」を担保する仕組みがウェブトゥーンに少ないところです。データドリブンの「マンガアプリ/ウェブトゥーン」と読者アンケート主義の「週刊少年ジャンプ」は似ているとよく言われますが、数字の扱い方がまったく異なるように思います。

たとえば、無料Web小説投稿サイト「小説家になろう」から始まった”なろう系”は、「異世界転生もの」を主軸としてライトノベルの新ジャンルを確立しました。一方で、裏を返せばランキング上位の人気作品を分析することで生まれた「ヒットの方程式」のようなもの、ランキングへの最適化に作品づくりが集中しました。要するに、データドリブン過ぎると一部のジャンルに作品が集中して”多様性を失いやすい”という話です。

漫画家と編集者がタッグになり「これが面白い」と思うマンガを掲載し、読者アンケートのふるいにかけながらライブ感を持って物語やキャラクターの方向性を修正していく「週刊少年ジャンプ」の”連載マンガ”の在り方は、マンガアプリ/ウェブトゥーンとはまったく別物にも感じます。

連載のライブ感があるから、常にユーザーにとって新鮮であり続けられる。エンターテイメントは、常にユーザーにとって新しい作品を生み出せないと、いつかは飽きられてしまう怖さがあります。

2024年、ウェブトゥーンに勝算はあるか?

市場には少しづつ変化の兆しが見られます。

「アニメ化の成功例が少ない」ことにビジネス機会を見出したバンダイが、韓国の縦読み漫画制作会社YLABの日本法人と資本業務提携をしました。「バンダイは商品化しやすいキャラクターデザインを提案し、YLAB STUDIOSがストーリーを企画するといった分担を想定する」とのことで、お互いに得意な部分を伸ばす1つのチャレンジです。

ウェブトゥーンではありませんが、週刊少年ジャンプで連載中のマンガ『カグラバチ』が海外のSNSで大きな話題となっているそうです。マンガアプリではなく「SNS×Webマンガ」が新たなヒットの方程式になるかもしれません。これが縦スクロールのウェブトゥーンであったとしても不思議ではありません。(太字は筆者)

「傑作だ」「流れるようなアクション」――。週刊少年ジャンプで連載中のマンガ「カグラバチ」の最新話が公開された12月中旬、SNSは海外読者からの英語のコメントやミーム(面白画像)の投稿でにぎわった。(中略)

異例なのは連載開始直後からの海外での注目度の高さ。作者の外薗健さんは連載デビューしたばかりの新人で、アニメ化もされていないが「海外でのデジタル配信では1話目からほかの人気作品に引けをとらない反応がある」(少年ジャンプ+編集部の籾山悠太副編集長)という

関心の高さはインターネットの検索頻度を指数化した「グーグルトレンド」でも確認できる。米国や韓国など日本を除く9カ国の平均で「カグラバチ」は連載初週から急上昇した。その後はやや落ち着いたが、シリーズ累計発行部数3100万部超のヒット作「SPY×FAMILY(スパイファミリー)」の初動を上回るペースだ。

これまでは翻訳出版に時間がかかり、アニメ化などを経て数年がかりで認知度が上がるパターンが大半だった。連載と同時にSNSで広がる作品が登場した背景には、ここ数年で集英社や講談社が相次ぎ翻訳版のサイマル(同時)配信に乗り出すなど出版大手のデジタル戦略が変わってきたことがある。

マンガ大国 日本の逆襲 翻訳依頼は年2~3割増 世界同時配信 SNSで話題に」日本経済新聞

Netflixは8月に『ONE PIECE』、12月に『幽☆遊☆白書』の実写版を制作・配信して世界的なヒットとなりました。

以前、2009年に『ドラゴンボール』を実写化した映画「DRAGONBALL EVOLUTION」が大失敗に終わったことがありますが、この成功の背景には、マンガ・アニメ(2D)の実写化(3D)を支えるVFX(Visual Effects、視覚効果)技術の向上があります。

『カグラバチ』のようにマンガがそのままグローバル化する、あるいは『ONE PIECE』『幽☆遊☆白書』のようにマンガ・アニメがそのまま実写化しても成功できる、というのはビジネス構造の大きな変化です。

2024年、ウェブトゥーンに勝算はあるか?

僕はウェブトゥーンという領域にこだわる必要がないのではないかと思いますし、むしろマンガ・アニメ・ウェブトゥーンのすべてにビジネス機会が広がってきていると感じています。少なくても、僕はウェブトゥーンに勝算があると信じています。

あとがき

ここまで自分の話をしませんでしたが、マンガDXのスタートアップ「コミチ」CEOのマンディこと萬田大作です。はじめまして。ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

最近では、日経クロストレンド「未来の市場をつくる100社【2024年版】」の「「エンタメ・アート」分野で新しい市場をつくる会社(14社)」の1社に選出いただきました。

発表!「未来の市場をつくる100社」 24年に飛躍する企業を大予測」日経クロストレンド

今回のnoteを書く直接のきっかけになったのは、2023年11月に韓国のNAVER WEBTOONをはじめ代表的なウェブトゥーン制作スタジオ数社を訪問させていただいたことにあります。現場の方々とディスカッションし、実際に作品を創る工程を見せていただき”グローバル化するマンガビジネス”の一端を感じることができたのは、とても貴重な時間になりました。

この記事を書き終えて、僕はあらためて、作品を創るパブリッシャー、出版社やウェブトゥーン制作スタジオの皆さんに「SNS×Webマンガの可能性にかけてみませんか?」とお声がけしたい気持ちになりました。

「Webでマンガは売れない」と言われていた時代はとっくに終わり、じつはコミチが担当するWebマンガの販売金額はすごい勢いで伸びています。マンガの原点であるみんなでいっしょに楽しむ「ライブ感(同時接続性)」のすごさを、いちばん感じているのは僕たちコミチなのかもしれません。

浅野いにお先生の『おやすみプンプン』を2023年7月7日の七夕に無料公開(小学館のマンガサイト「ビッコミ」にて)するお手伝いをさせていただいたところ、天地がひっくり返るぐらいの反響をいただきました。これが「作品」のすばらしさであり、浅野いにお先生、小学館のみなさん、そしてファンのみなさんのチカラです。だからこそ、僕たちは「SNS×Webマンガの可能性」に大きな未来を感じています。

これから、マンガ・ウェブトゥーンのグローバルでの販売にも挑戦していきます。もちろん、目指すのは世界中にファンを広げること、そしてビジネスとしてはグローバルIP化のお手伝いです。ご興味頂いた方は、いつでもお問い合わせもしくはDMください。チームに加わってくれる仲間も募集中です。

2024年も、どうぞよろしくお願いいたします!


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