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2020-JUN-1「ほんとうの先生」

ふだん、考えていること。その内容によっては、話す人が限られます。
子どものころ、話したいことを聞いてくれる大人はいないのだ。僕は高校まで、そのように思っていました。

子どもにとって、社会との接点となる大人は学校の教師です。
その大人たちとは、いつもしっくりきませんでした。
いまになって思えば、どうも発言が煙たがられていたような気がします。
小、中、高と多くの教師たちと知り合いましたが、話したいことを話せる人は皆無でした。

そうして僕の学生生活は鹿児島から福岡のデザイン学校に進みました。そこで彫刻家の先生と出会いました。劇的でした。

話したいことを、話せる人だ。

選択制だった先生のデッサン講義を僕は即決で受けることにしました。授業後は喫茶店で、先生から様々なことを教えてもらいました。
おそらく何万時間という授業を僕は人生で受けているはずですが、思い出せる授業はその先生の授業だけです。
ほんとうに様々なことを教わりました。
だから、いまでも時折、考えごとがあると心の中で先生に問いかけます。
先生ならば、なんと答えるだろうと。

それだけでは物足りなくなって、きのう、先生と電話で話しました。
積もる話は尽きず、1時間半ほども語ったでしょうか。

話したいことを、話したときに、やさしく、つよく、おもしろい考えを与えてくれる大人。
そんな人が人生のなかにいると、大変な世の中でも、なんとかやっていける気になる。
19歳で出会ったその人は、僕が中年になっても、老年になっても、いくつになっても、ずっと僕のほんとうの先生なのだ。


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