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書評「面白いとは何か?面白く生きるには?」著書:森 博嗣

まずこの本のタイトル「面白いとは何か?面白く生きるには?」を見てずいぶん挑発的だなと思った。
面白く生きたい、なんて当たり前すぎて普段考えないから。
死ぬまでつまらない人生を歩みたいと考える人は(たぶん)いないだろう。
みんな楽しい人生を生きたいに決まっている。

ただ他人に「こうすれば面白く生きれらるよ」なんて指図を受けるのは私は嫌だし、自分の楽しみくらい自分で探したいと思っている。
しかし森博嗣先生自身、他人に自分の考えや「こうあるべきだ」ということを押し付ける人ではない。
実際、本書の冒頭にも具体的な面白さの作り方は本書には書かれていない、と書かれている。「面白さ」とはこうだ、こういう手順で作れ、面白く生きるにはこうしなさい、などと具体的に書かれているもの役に立たないだろう、とも。
ということで本書には面白さの作り方が抽象的に書かれている。

結論から書いてしまうと、面白さには「共感」「新しさ」「興味深い」の3種類があると本書には書かれている。

「共感」の面白さ

まず最初に「共感」について。本書では「共感」は比較的新しい、ネット社会になってから現れたものと述べられている。
作品を読んで「そうだよね」「わかるわかる」とみんなが感じるものが面白い、という感覚だ。
そしてこの面白さを森先生は幻想だと言い切る。

「自分で感じたいのではなく、感じることで他者とつながりたい欲求が優先されている。そうなると、みんなが笑うから可笑しい、みんなが泣くから感動できる、という価値観になる。その結果、ネットの評価に過敏になったり、「いいね」の数を気にして、日常生活にまでその影響が表れる。」

という分析は非常に身につまされた。
この「共感」による面白さが主流になるとどうなるか。

「評判が良いものが「面白い」と感じられる指標になるのだから、作る側は、「面白い」ものよりも、「評判を良く」する工夫を優先するようになる。」

という言葉には危機感を覚える。
本当に良いものは何もしなくても自然と広まって評判が良くなる、なんてお気楽なことは思わないけれど、クリエイターには面白いものを作るのに注力して欲しいと思う。

「新しさ」の面白さ

続いて「新しさ」について。これは比較的わかりやすいと思う。
人を「新しい物好き」と表現する言葉があるくらいだし、新しいおもちゃを買ってもらった時のワクワク感を覚えている人も多いだろう。
ただしこの面白さは年齢とともに減っていく、という。

「経験を重ねるほど、その人にとって「新しい」ものが減っていくことは必然であり不可避だからだ。「それは、もう知っている」「試したことがある」という境地に達してしまう」

原理的に仕方ないとはいえ、年をとっても新しいものには敏感でありたいと思う。

「興味深い」の面白さ

最後は「興味深い」について。
これは知性に訴えかける「動き」「変化」「新しさ」ともいえるものと本書では定義されている。
前述の「新しさ」に近いものがあるが、SFの設定やクイズやパズルなどの知的活動もこの面白さに含まれる。
頭で思い描いたものが「面白い」、これから考えるものが「面白い」、あるいは「もっと知りたい」「もっと考えたい」という欲求が、「興味深い」という面白さなのだという。

森先生はもともと大学で研究を行っていたので、この「興味深い」つまり「知る」ことの面白さをよく知っているようだ。
研究の「知る」面白さに比べたら、学会から賞をもらったり、特許で儲かったりすることは霞むほどだという。

***

さて、本書で上げられる3つの面白さを列挙してみたが、本書を読んで森先生が勧めたいと考えているのは「興味深い」>「新しさ」>「共感」の順ではなかろうか、と私は思った。
他の森先生の著書でも見られる傾向だが、森先生は他人に影響を与えることを好まない。
自分が楽しいと思うことは、他人には関係がないことだと思われている。
ただ森先生は決して共感が悪いとは書いていない。こんな面白さもあるよ、と本人が思ったことを書いている。

森先生のこういったストイックさ、孤高さに私は素直に憧れる。
他人からの「いいね」を気にせず、ただ自分の面白さを追求することは簡単なようで難しい。
ミュージシャンが「自分が好きな音楽だけできればいい、売れなくても構わない」と言えないのと同じだ。
それすらも森先生は「それで食っていくわけじゃないのなら、他人を気にせず自分の好きにすればいいのでは?それで食っていくなら好きなものじゃなく売れるものを作るべきだろう、仕事なんだから」と言いそうだけれど。

「面白さ」について知りたい人で「ネットでバズりたい」と思っている人は、この本を読んでも得るものは少ないだろう。
もしかしたら自分の欲求を否定されているように感じるかもしれない。
しかし「面白さ」の本質とは何かを思考したいと考えている人には、思考の良い起爆剤になると思う。
少なくとも私はこの本を読んで、自分にとっての「面白さ」は何かを「もっと考えたい」と思った。
つまりこの本から「興味深い」という類の「面白さ」を感じたということだ。

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