私が子どもだった頃は

 私が子どもだった頃の様々な物事は今と何が違ったのだろうか。1980年代半ば~1990年代の事だから今とほとんど変わりがないような気がしてしまうがそうではないこともたくさんあるはずだ。それを考えてみることにする。

 私が生まれ育ったのは人口8万人台の北関東の小都市なので今自分が住む東京と事情が違うかもしれないがとにかく考えてみると、まず思い付くのはコンビニエンスストアが少なかったのではないかということだ。いや、コンビニはしばしば目にする程度にはあったが、24時間営業でない店舗が少なからずあったし、日常の買い物をコンビニでするのは贅沢というかものぐさというか本当はなしだよ、というような意識が自分の親からは感じられていたような記憶がある。本来の買い物はスーパーマーケットや肉屋八百屋魚屋といった然るべきところでするべきだという意識だ。

 その点で言うと、当時はコンビニというよりまいばすけっとやイオンのようなものが少なかったのだろうか。しかしジャスコで食料品や日用品を買うこともあった。ただジャスコも19時や20時で閉店しかつ木曜日辺りが定休日だった気がする。

 あるものが買えない場所や時間帯というものがあって、それを前提とした上で皆が生活していたという感じはする。今もある種のものに関してはそうかもしれないが、インターネット上で買うことはその前提自体を無化していて、ものは「昼から夕方に」買いに「出かける」という意識は今はないと思う。

 本屋がたくさんあった。大規模書店はなかったが、自力で行動できる範囲内でも書店が4、5軒はあった。そしてそれらの中で大きめのほうの書店では、TRPGの雑誌やスニーカー文庫やファンタジア文庫やハヤカワを扱っていた。それはあくまで当時はそういったものがブームだったからなのだろうか。そうは思えない。家族旅行中の新潟あたりのスーパーの一角の小さな書店でもロードス島戦記の最新刊が置かれていたのだ。たくさんの数は売れないと思える本も当時は売れていたのか、他の種類の本が売れていて売れない本も置いておくことができたのか。

 テレビ番組の中で、出演者が言葉でものを考えるということをしていて、かつそれを人が観ていて、さらにものを考えたりしていたのではないか。もちろん今の意識からすれば差別的で唾棄すべき内容のものも多かっただろう。しかし言葉はテレビの中ででも今よりたくさん生きていたのではないか。単にクイズ番組が多かっただけのような気もするが。

 駅前の街は狭くごちゃごちゃしていた。人が飲み食いしているような実感があった。しかし自分が今そういう場所の感覚を懐かしみ求めているかというとそうでもなく、チェーン店や郊外に出店するような大店舗の雰囲気のほうが心が落ち着くことが多い。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

1
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。