人気があるものと人気がないものの違いについて考える

  ある集団のなかである人が人気があるのはどういうことか。まず集団のなかで頻繁に見られることが重要だろう。たまにしか見られないが人気があるという例もあるが、その人気には別の理由がある。まず重要な条件として頻繁に見られるということはあるだろう。

 その集団の多くの人がある程度共有するシンプルな価値観を明確に体現している人は人気を多くの人から得るだろう。

 その人と直接接したときにおもしろいとか楽しいとか安らぐとか何らかの快い感情が得られるなら、その人は人気になり得る。そのおもしろさ楽しさ安らぎがどの程度その集団の人々同士で近いかによる。

 集団というのは例えば学校のクラスのようにあらかじめ規定されたメンバーである場合もあるが、不特定多数をある属性やイメージで集団としてみなす場合もある。ターゲットや層というのは後者に属する。

 ターゲットや層をきわめて具体的にイメージすることができればその一人一人に訴えかけるかのようなコミュニケーションを試みることができる。もちろんそのターゲットや層とみなした人々全てが好意的な反応を示すとは限らないが。そのイメージは具体的であるに越したことはないが、具体的にしようとすればするほどその相手の人数は減る傾向にある。しかし漠然とし過ぎていてはその相手の嗜好性を絞ることはできない。

 成熟したジャンルはもはや具体的に絞る効果を失っている。また近年はジャンルの成熟化が猛烈なスピードで達成される。またあるジャンルに参入する人数は膨大に可視化されるようになっている。ジャンルで絞るということは力を持ち得ない。

 ある嗜好性を持つ集団を仮定することに困難が生じていて、それよりは、人々があるキーワードやある現象につられて目を向けてみるという振る舞いのほうを考えるべきかもしれない。すなわちそれは人々は言葉や口コミによって目を向ける対象を新たに設ける、ということだ。誰かの言葉で目を向ける対象にさせられることがバズる、炎上するきっかけだろう。また、単に誰かに広い意味で味わわれるのみでなく、その味わった人が味わって何かを思ったことを他の仲間に伝えようと思うことも広まるきっかけとなる。仲間なり他者に伝えて価値観を共有したいという感情だ。その人との時間や経験を他の人とも共有して語り合いたい、というふうに思わせるものが人気になるのかもしれない。逆に考えると、この人との経験や時間は独占したい、と思わせるものは数の点においては広がりを持ちにくいのかもしれない。

 他の人とも共有したい、人に薦めたい、と思うものは何があるのか。そのものに触れれば他の人も自分が得たようなよろこびをきっと得るだろう、それによって自分がその人によろこびをもたらすことができるだろう、という感情が発生する。人にものを薦めるのは人をよろこばせたいからであって、自分がよろこぶことで満足してしまうものには大きな力はないのかもしれない。

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