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【書評】 AI、ダンス、介護。三つ巴のアプローチで人間性(ヒューマニティ)の根幹に迫る、畢生のSF長編──長谷敏司『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』

小説すばる2022年12月号掲載。

 ライトノベルのジャンルで活躍する一方、AIを題材に取り入れ、ヒューマニティ(人間性)とは何かと問うSF作品を発表してきた長谷敏司。二〇〇九年刊の『あなたのための物語』ではAIに小説を書かせていたが、最新長編『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』ではAIにダンスを踊らせた。

 物語の幕開けは二〇五〇年の東京。二七歳の気鋭のコンテンポラリーダンサー・護堂恒明は、不慮の事故で右足の膝から下を失ってしまう。絶望の淵から彼を救ったのは、高度なAIを搭載した義足だ。しかし、身体表現の最前線を志向するコンテンポラリーダンスに従事する人間にとっては、満足からはほど遠い使用感だった。ロボット工学博士で起業家の谷口裕五らとともに、AIにダンスを学習させる苦闘の日々が開幕する。その過程で、身体とは何か、人間が言語以前に獲得していたであろうダンスとは何か──人間性にまつわる数々の謎が掘り進められていく。

 ダンスを言葉で表現する場合、その魅力を正確に伝えようとするほど描写に重みが生じて読みづらい。ところが、主人公はAI義足を育てるために自分の肉体をセルフモニタリングしながら踊る必要がある。必然性に裏付けされているがゆえに、濃密なダンス描写が読み手にストレスではなく探究心を引き起こさせるのだ。新設したダンスカンパニーで主人公とロボットが「共演」する公演を成功させる、という物語のゴール設定にも説得力がある。

 実のところ上述要素だけでも、AIの視点から身体に新たな光を当てた近未来SFにして、ダンスという非言語芸術の神秘に迫った芸術小説として十二分に作品は成立しただろう。だが、著者はもう一つの要素を採用しボリューミーに展開させた。ダンス界の大御所であり七四歳にして現役ダンサーの護堂森。主人公がこの道を志すきっかけとなった偉大な父が認知症を患い、介護を余儀なくされる。近未来は介護サービスが発達しているが、支払えるお金がなければ前時代的な介護をするしかない、という事情が異様にリアル。

 脱糞により黄土色のスープ状態になった浴槽の描写など、ダンスと同じくらい高解像度で介護の現実が捉えられていく。辛い。悲しい。不条理だ。認知症が進行する父を前に、息子は絶望の淵へと追いやられる。しかし、彼はその体験の中から、ロボット相手では発見し得なかった、人間が人間たる意味を知る。

 AI、ダンス、そして介護。この独創的な組み合わせがもたらす相乗効果によって、人間性の探求がかつてないほど深堀りされていく。物語の終幕で主人公が辿り着く境地はまさに、前人未踏。文学の想像力は、科学とはまた違ったプロトコル(手続き)で、人類の進化に寄与する。読めばそう断言できるようになる。

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