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25歳の君へ

今、君は絶頂の中にいて、私が言うことは何一つ聞こえないと思う。アスリートはそれでいいし、それでこそアスリートって感じがするよね。だから今は余計なことは耳に入れないで世界の頂点を目指してなりふり構わず自分を高めていけばいいと思う。ただ、いつまでも続くと思っている現役生活もいつか終わりが来る。そのいつか来る引退の時、もしもこの言葉が頭の片隅に残っていたら少しは助けになるかなと思って、今日は説教じみたことを書いてみようと思う。

まず最初に、君が今競技をしている時に感じている興奮は残念だけど引退した後は2度とない。それは社会に影響を与えているということだけを言っているのではなく、自分の身体を鍛えて、はっきりした勝敗に向かい、世界のトップの選手としのぎを削るという体験は、あまりにも強烈で社会の現実と離れているんだ。もう一度あの興奮があったらいいなと思うのは素敵なことだけど、あの興奮がなければ生きていけないと思うようであれば諦めてしまった方がいい。それを追い求めるとどこまでいってもこれも違うこれも違うって迷路にはまり込むからね。

それから今君が感じてる世の中からの熱い視線も、徐々になくなっていく。ちょっとだけ寂しい思いをするかもね。今君がパーティー会場に行くと周りに人が寄ってきて鬱陶しいと思っていると思う。でも大丈夫。引退すれば徐々に周りに人はいなくなっていてむしろ寂しいぐらいになるから。それから子供達にサインをねだられて毎日大変だとも思う。それも引退すればすぐ子供達は君のことが誰かわからなくなる。”お母さんあの人だれ?”という声を聞きながら、それも普通に思えるようになってくるんだ。

今、君が得ている名声も金銭も、君の実力で得ているものだ。ただ、世の中の他の職業と違うのは、君の”実力”は衰えるものっていうことだ。君の価値を支えているのは、競技力で、それはある点をピークに衰えていく。認めたく無いだろうけどね。それが君の思う一線を超えた時に引退をするのだけれど、そうなると名声も金銭も前のようには手に入らなくなる。引退した後は、これまでとは違う実力をつけていく必要があるんだ。

つらいな寂しいなと思って、君が誰かにこの気持ちをわかってほしいと思って相談しようと思っても同じ経験をしている人はほとんどいない。たぶん君が相談すると、

”大丈夫あなたはいつまでもスターですよ”

”一時でもスターだったんだからいいじゃないか”

といったあたりの答えが返ってくるんじゃないかな。でも、君が聞きたいのはそんなことじゃないよね。このぽっかり空いた穴をどうやって埋めたらいいのかってことを君は聞きたいんだと思う。残念だけどそれに答えられる人ってのは世の中にはあんまりいないんだ。だから君はこれから先しばらくの間その”ぽっかり空いた穴”と一緒に暮らしていかないといけないんだよ。

ちょっと長くなりすぎたので、最後に三つだけアドバイスをして終わりにしようと思う。

まず生活水準を元に戻す。とにかく普通の生活をできるようにする。あいつはケチくさくなったとか、落ちぶれたとか、いろいろ言われると思うけど全くそんなこと気にしないでとにかく普通の生活に戻る。入ってきている分しかお金は使っちゃいけないんだ。それからプライドも捨てた方がいい。君が感じている辛さのほとんどは君のプライドの高さからきている。そしてそのプライドってのがあるから、周りが君に声もかけられないし、手助けも出来ない状態になってる。だから、これでもかってぐらいプライドを捨てて、ちょうど1年生で部活にドキドキしながら入った時と、同じ気持ちで生きていくといい。

それからなんでもいいから社会と接点を作ること。学校に行ってもいいし、友達と旅行に行ってもいい。もちろん働くことも。とにかくなんでもいいから社会と接点を作っていくんだ。人は社会の中で生きていて、働くってことは社会に価値を提供するってことで、すぐには思いつかなくても接点さえあれば何かが見えてくるかもしれないからね。

自分がやってきたことはスポーツかもしれないけれど、その奥にあったものはなんなのかを考えてみること。スポーツを通じて伝えたかったこと、成し遂げたかったこと、スポーツを通じてなりたかったもの。スポーツは手段でその奥に目的があったんだと思って、考えてみてほしい。すぐには見つからないかもしれないけど、その奥にある目的がぼんやりとでも見えてきたら、きっと君は違う方法でもその目的は達成できるってことに気づいていると思うんだ。山頂が高くなれば手段はたくさんあるってことに気がつくからね。

引退後の人生は現役時代と少し違うけど、大丈夫。なんとかなるし、君ならなんとかできる。ピンチの時にそれを乗り越えられる強さを持っている人しか、トップアスリートにはなれないと僕は信じている。それに、そもそも君は何にも持っていないところからここまできたんだから、またあの時みたいに最初の一歩から始めていけばいいだけなんだよ。

2016年02月03日

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