短編BL_001「話は続くよ何処までも」

 この気持ちを口にすれば、「好きだ」と言ってしまえば、きっと何もかもが変わってしまう。だから ――
 高校からの帰り道、川崎 啓太(かわざき けいた)は思った。
 伝えたいことがある。だけど口に出すことはできない。「好きだ」というたった一言は、何もかもを変えてしまう。だから伝えられない。自分のすぐ横で「今日もだるかったなァ」とボヤき、かったるそうに微笑む男、向井 亮(むかい りょう)に。
 高校3年生の春。そろそろ進路を決めなければいけない。大学受験は高校受験と全く違う。高校受験で住む家が変わることは少ないが、大学受験ではみんな当たり前のように全国へ散ってしまう。幼馴染の亮だってそうだ。どこへ行くか分からないが、もしかすると2度と会えなくなるかもしれない。会わなければ疎遠になるものだ。そうなった人間と、また元通りに戻ることは難しい。何処かへ行ってしまう前に、ちゃんと伝えるべきだ。
 そんなことは分かってる。でも、もし言ってしまえば最後の1年間が台無しになってしまうかもしれない。これまでの17年間もそうだ。あの大好きな笑顔がもう2度と見れなくなるかもしれない。
 だから啓太は、黙ることにした。しかし――
 「啓太、どうした? なんか顔が暗いぞ」
 啓太は「お前のせいだ」と言いそうになるが、その理屈は間違っているとすぐに気がつく。こいつは何も悪いことはしていない。自分が勝手に好きになって、勝手に悩んでいるだけだ。
 「なんか悩み事があるなら聞くぞ」
 「ないよ、別に」
 「塩対応がすぎるやろ。お前は子どもの頃からそうやけど。もうちょっとコミュ力を鍛えなさい。そんな調子じゃ話が続かんし、友だちができんぞ」
 「お前が喋りすぎなんだよ」
 「だ・か・ら~~! なんでそんな言い方するかな~」
 「お前もそうだろ。いちいちオーバーなんだよ」
 「これでも芸人志望やからな。リアクションはしっかり取るのが基本っちゃ。あとトークのスキルも磨かんといかん。分かる?」
 「分からん」
 「で、話す気になった? な~~んかゴチャゴチャ悩んどるんやろ? そんな暗い顔して……ささっと話してみればいいやんか」
 「嫌だ」
 会話を切る。話せるわけがない。話すかどうかで悩んでいるのだから。
 「マジでコミュ力を鍛えろ。じゃあさ、代わりにオレの悩みを聞け」
 どういう理屈だ、と思う。しかし今の話題よりマシだろう。
 「なんだよ?」
 「実は俺さ、啓太のことが好きみたいで」
 「……は?」
 啓太の思った通りだった。「好き」という、たった一言で多くが変わってしまった。きっとこの一言がなかったら、人生は全く異なるものになっただろう。しなくていい苦労もした。辛いこともあった。けれど――
 「今日で付き合って30周年だよ。こんなに長く上手くいくなんて、オレらって凄くない? これスゲーことだと思うよ」
 たしかに凄いなと思う。こんなふうになるなんて。仕事帰りに居酒屋の個室で、ネクタイをほどいて乾杯のビールを飲み干し、笑い合う。シワも増えた。体型も変わった。亮の芸人になるという夢は破れて、2人はごくごく普通の会社員として、それぞれの会社でそれなりに苦労して働いている。
 「だからって、あんま飲みすぎるなよ。もう騒ぐ歳じゃないし……」
 啓太は思ったことをそのまま言う。そして「いや、ちょっと冷たい反応だったかな」と少しだけ後悔する。しかし亮は笑いっぱなしのまま――
 「いやいや、騒ぐことだって。30年だぞ」
 こんなふうに話を続けてくれる。亮との会話は、決して途切れることがない。あの時からずっと、2人の話は続いている。
 「……そうかもな」
 「やっぱそうだろ?」
 2人の話は続く。今まで通り、これからも。

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