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【ショートショート】ストレイシープの意味

失恋をした。好きだった女性に振られたのである。そのすべては、「ストレイシープ」が原因だと僕は思っている。

その女性とは偶然にボランティアで出会った。僕はやさしくて、よく笑う彼女をすぐ好きになった。何度か一緒に食事をし、お酒を飲み、遊んだ。彼女は僕の前でよく笑った。メッセージアプリではよく顔が赤くなっている絵文字を使った。そして何よりも僕に優しかった。

ある日、二人で中華料理店に行った日のこと。僕と彼女はおかずをいくつか頼んでシェアして食べることになった。その時、彼女は僕の好きな野菜サラダを僕のために注文してくれた。僕はその時、彼女に言われたように思えた。「ストレイシープ」と。

それからの日々、彼女の僕に対する言動、一挙手一投足が意味のある行動、僕に対する愛を求める行動に見えて仕方がなかった。今では、「見えた」とあたかも他人ごとのように書いているが、その時は見えたというよりも、彼女が僕の愛を求めているということが疑いのない事実であると思っていた。

僕は三四郎だった。

自分のなかでとある区切りを決めていた。大学院に合格したら彼女に愛を伝えて恋愛関係になろう。僕の進学する大学院と彼女の就職先は近かったから、お互いが卒業しても恋愛関係を続けることができる環境なのだ。彼女の中華料理店での最初の「ストレイシープ」から合格発表まではわずか二週間の間だった。

その間、よく結婚について考えた。彼女は子供が好きで、僕も子供が好きだから子供ができたらどんな家庭になるのだろうかということや、妻だけに家事を押し付けるような夫にはなりたくないなということ、何年たってもお互い優しく、笑って接することができるような関係性になりたいということ。とにかく、結婚生活について考えた。まだ恋愛関係にもなっていないのにも関わらず暇さえあれば二人の結婚生活についてずっと考えていたのであった。

僕は大学院に無事合格することができた。残す手順はあと一つだけだった。その日は彼女に直接会えないから電話で告白することにした。

午後八時、明らかに落ち着いていない。電話をかける手は震えているのだ。三コール目くらいで彼女が電話にでた。いつもの声だった。一声目に「合格おめでとう。」と彼女は言った。僕は彼女のことがやはり好きだと思った。しかし、僕は女性に告白した経験がほとんどない。だからどう切り出していいのかわからなかった。いつも通りの話を続けていたが、ところどころで好きだということを匂わせる発言や切り出すタイミングを探しながらしゃべる僕の間合いがとてつもなく悪く、彼女はその様子を不審がった。そして、僕はとてつもなく変なタイミングで切り出した。

「僕と、付き合いませんか?」
「え、急に。」

彼女のセリフだった。あ、これは終わった。間合いと彼女のしゃべり方でわかった。

彼女は少し間が空いた後に話始めた。その話は今は研究と勉強に追われていて、恋愛をしたくはないということ、これは自分の問題で僕に欠点はないということを言われた。

僕は美穪子が知らない男性の車に乗り込み、その後嫁ぐことを知ったのだった。問題は「ストレイシープ」だった。なぜ、彼女は僕に「ストレイシープ」と言ったのか。そしてあの「ストレイシープ」はいったい何だったのか。

失恋の直後、それよりも前に約束していた彼女との食事に僕は行った。僕はその前の夜、手紙を書いた。急に告白して驚かせて悪いということ、改めて好きだということ、ただ君の思いは理解できるからその思いに反してまで付き合いたいとは思わないことを書いた。潔いように書きながらも内心は、これを見た彼女が心変わりをして、僕に好きと言ってくれることを期待していた。

その日の彼女は、僕があんなことをしたのにもかかわらずいつも通りだった。そして、僕のために事前にお茶を買ってきてくれた。僕は気が付いた。彼女は僕に「ストレイシープ」と言ったのではなく、誰に対しても分け隔てなく優しい子なのだ。三四郎が美穪子を憎むように、僕はこの子を憎めない。僕は三四郎だったけれど、彼女は美穪子ではなかった。僕はそんな彼女に帰り際に最後の望みである手紙を渡した。

その夜彼女からメッセージが届いた。理解してくれてありがたいということ、好きになってくれて嬉しいということ、告白されて感動したということ、やはり自分はまだ恋愛はできないということが書いてあった。

最後まで彼女を憎むことができず、大好きなままで、三四郎の恋は完全に終わりを告げた。
 

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