見出し画像

就活から飛んで約1年。~私が大学院入試を通して学んだこと①~

就活から飛んでからの約一年

去年の11月冒頭に添付の記事でもある通り、大学3年生にもなり就活を前にした私は、エントリーシートを書く中、アカデミアへの未練から大学院に進むことを決めました。そしてそれから約一年がたった先日、すべての試験が終わりました。二つの大学を受験し一つの大学は落ち、一つの大学は結果待ちですが、面接で4月までに読む本や論文のアドバイス、入ってからしてほしいことなどのアドバイスを受けたことを考えると、合格したと捉えてよさそうです。そこで、私は大学院入試にむけての勉強を終了し、大学院にむけたスキルアップや卒業論文の作成、大学でのサロンの開催など次のステップに移りたいと思います。この文章では、そんな大学院入試に向けた勉強を終えた僕が入試にむけた勉強への集大成として、大学院入試に向けた勉強の感想と気がついたこと、今後に向けての課題を書こうと思います。

院試までの試行錯誤

まず、11月から始めた勉強。当初は、「なんとかなる。」なんて思いで始めました。しかし、その思いは過信であることがわかりました。過去問を他人と通りやってみたとき、「なんとかならない。」と思ったのです。私の受けた学科は英語の和訳と、専攻科目についての小論文という入試のスタイルですが、英語に関しては、今まで読んだことのない複雑な複文の訳し方がわからない、そして専攻科目については基礎知識すらままならず、原稿用紙1枚すら問いに対して答えが書けない。それとともに焦りと不安が襲ってきました。

そんな僕が試験勉強とともにしたのは、効率的な勉強法を調べることです。その結果、想起練習と分散学習が一番効率的という結論に辿りつきました。そのうえでメンタリストDAIGOさんのニコニコ、YOUTUBE、本は簡潔でかつ、実用的で助かりました。DAIGOさんが開発した分散型学習帳というアプリは今後もつかっていこうと思います。英語に関しては、大学の英語講師を捕まえては、わからないことを聞くということを行いました。

試行錯誤を繰り返し、五月ごろにやっと英語も時間内に終わるようになり、小論文も原稿用紙2枚分くらいかけるようになり、院試に対してようやく明るい兆しが見えてきました。しかし、院試は模擬試験もないし出題範囲も明確でない、過去問の答えも明確でない、採点基準も明確でないため、とにかくすべてが明確でないため、「なんとかならない。」という思いは一向に消えませんでした。今思えば、その思いがなかったら勉強が続けられなかったと思います。

またこのころから研究計画書を書き始めました。これがまた難しく、今の段階でどれだけのことを計画として書いていいのか、先行研究を調べると僕のやりたい研究なんて先人たちがやっている。僕の独自性は何か。できない方法論(高度な数学を使うものなど)を計画として書いていいのか。といった感じで、堂々巡りのなか、納得できるものが書きあがらず、結局のところ2校とも締め切りギリギリに計画書が書きあがりました。

研究計画書のために、勉強したのは、アイデアの出し方。一見、才能に思える作業も方法論があることがわかりました。記事の終わりに、その成果をまとめた記事を紹介しています。よかったらお読みください。

また、面接対策として優秀な友人たち、先輩に研究計画書を見てもらい質問を投げかけてもらうことをしました。また実際に試験を受けた友人には、面接で聞かれたことを聞きました。そして、面接に関しては想定問答集が出来上がりました。大学院入試は孤独な戦いですが、やはり友人の存在はここでも重要になってくることがわかったのです。

こうしてなんとか一通りの準備ができた私は二校の試験を迎えました。

本番と失敗、レジリエンス

そしてついに迎えた本番、一校目の大学を受験しました。英語も時間通りに終わり、専門試験も手ごたえはいつも通り。まあ、こんな感じかと思いつつ試験を終えました。なんと、結果は不合格。私は就職活動をしていない、そして残り一校の試験を控えていて、その試験に落ちたら違う道を探さなくてはならないという状況に陥りました。落ち込みは思ったよりもなかったのですが、一校目を落ちてから二校目の一次試験までの1週間は先ゆく未来に対しての不安しかなく、しかしもう勉強することもほとんどないなか、脳を休めないといけないなかで、時間に比較的余裕があり、考え事をする時間が多くありました。自分はこの先いったい何をしたいのか、大学院にいくという選択は正しかったのかといったことなんかをカフェでコーヒーを飲みながら漫然と考えていたりしました。しかし、辞めたいとか、逃げ出したいとは思わなかったです。

この時の落ち込みや逃避が少なかったのは「オプションB」などを読み、レジリエンスを学び、失敗からの立ち直りに焦点を置く自分を形成できていたからだと思います。加えて鈴木祐さん著の「超ストレス解消法」という本に書いてあった多くのストレス解消テクニックも役立ちました。(エクスペンシブライティングは本当によく効きました。)

そして迎えた、二校目の受験、筆記試験、がしかし、勉強していたはずの英語のできは最悪、専門試験もできたかどうか定かではない。え、先行きに黄色信号がともりました。そして、その学校はその日の夜に筆記試験の合格発表。合格すれば、翌日が面接試験です。試験が終わってから合格発表までの5時間、ただただ漫然とホテルの周りの街を歩いていました。「俺はあれだけ勉強をしても、結果が出ない。だめ人間だ。」みたいな言葉が、数分置きにでてくるほどのショックに襲われました。あれだけ学んだレジリエンスもこの時ばかりは忘却のかなたへ。

ながいながい5時間がやっと過ぎ去り、合格発表。「終わった。」と思い、スマホの画面を開くと、まさかの僕の番号が。「え、あれで。」少し腰が抜けそうになったのと、少しうれしいのが混ざって複雑な思い。そして、あわてて面接の前にまとめた想定問答集を眺めて、即座に寝る。しかし、ここでも不安はぬぐえません。「一次試験で危なかった奴の不合格を、二次試験で確かめるのではないか。」など、とにかく警戒と不安ばかりでした。何回も目が覚めました。

次の日の朝、少し寝不足気味で試験会場に行き、控室でも何度も貧乏ゆすりをしたり、トイレに行ったり。途中、昨日合格していた一人の人が来ないというエピソードがあり、内心ではライバルが一人減ったとガッツポーズをしました。また、私は一番最後だったために、順番は点数順に並んでいるのではないかなどと不安になったりもしました。また、同じく最後の方で残っていた人とそんな不安感を共有して、少し安堵を覚えたという場面もありました。

そして、スタッフの方に受験番号を呼ばれていよいよ面接。試験室まで廊下を歩いているときに「ショータイムだ。」なんて、心のなかで呟いたりして、とにかく平静を保とうとしていました。ノックして入ると二人の先生が、どうぞかけてくださいと。「確認のために、受験番号と指名をお願いします。」と先生、読み上げる私の声は震えていました。しかし、自分の震えを感じたところで宙に浮いている感覚から、ここに自分がいるという感覚に押し戻され、どこか落ち着きました。

そして、面接開始。前日の試験のこと、研究計画書について、幸運なことにそれはすべて友人や先輩に協力を得て作成した想定問答のなかに存在しました。また先生も優しく、私の好奇心を褒めてくださったり、フォローしてくださる場面も存在しました。そして、後半には冒頭で話したような実質上の合格をつげる、入学に向けてのアドバイスなどもありました。

終わって、試験会場から出ると腰が抜けそうでした。終わってから大学のある街に住んでいる、高校時代からの友人と遊んだのですが、試験から解放された安心感と、友人との時間の楽しさもあり、短い時間でしたがその時間は忘れられないほど心地よい時間でありました。

こうして、私の大学院入試に向けた紆余曲折の日々は一応終わりを迎えました。次回は、そこから学んだことを書きたいと思います。

【学んだアイデアの出し方をまとめた記事】


【記事内で紹介した本】


学生でお金がなく、本を買うお金、面白い人と会うためのお金が必要です。ぜひ、サポートよろしくお願いします。