コメダ会議と井戸端会議

「井戸端会議」それは、井戸のそばでなされた、噂話や世間話などをするさまを指す。現代においては井戸端では行われないがそのエッセンスを抽出したようなものが井戸端会議として行われる。

僕が「コメダ会議」と呼んでいるものがある。それは、文字通りコメダで行われる、友人とする会議だ。しかし、これは井戸端会議ではない。コメダ会議においては井戸端会議的な噂話や世間話は廃される。自分は読んだ本からどのようなことを学んだのか。未来はどうなっていくのか。また、その到来する未来に向けて僕たちは今何をすれば良いのか。今自分は何をやっているのか。そんな、未来ベースで話というより議論や、情報交換をするもの。それがコメダ会議だ。

「コメダ会議」に参加する20代前半の僕らにとって、「井戸端会議」はまだ早すぎる。というより、「井戸端会議」をしている余裕や暇はない。目まぐるしく変貌を遂げる世の中において自分たちはどうポジションをとり、どう生きていけばよいのか。自分たち自身のことで精一杯であり、「○○さんと○○さんが交際しているとか」、「○○さんって○○なところがある。」などといったことを話しているとたちまち取り残されて行ってしまうのだ。

いつか僕も「井戸端会議」をすることが出来るほど、余裕や暇ができれば良いと思う。無論、僕はその出来た余裕や暇も「井戸端会議」には費やしたくはないのだが。

「コメダ会議」それは、冒険者たちが地図をみながら、宝のありかを話し合う場である。
「井戸端会議」それは、冒険者たちが冒険への不満や辞め時を話し合う場である。

どちらが良いか。人によると思うが、僕は「コメダ会議」の方が、好きであり、断然価値があると思う。

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