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台無し症候群

着信音が鳴り響いている。

ベッドの隅でうずくまる私に、その音は届かない。

 


私はどうしようもない人間だ。

私には生まれてから今まで治せずにいる「大事な予定よりも目先の興味を優先させてしまう」癖がある。あの全てを無駄にしているときの背徳感がたまらなくて、頭では駄目だと分かっていても、一度形になったあの衝動を抑えることはできない。

私はこれを「台無し症候群」と呼んでいる。

「会社と反対の電車に乗り海を見に行ってしまうアレ」と同じと思われるかもしれないが、ちょっと違う。私の場合は現実から逃避したいわけではなく、制御できない好奇心が好き勝手に暴れて物事の優先順位を滅茶苦茶にしてしまっているだけで、要は脳の不具合だ。


中学生のとき、私は合唱祭の指揮者に抜擢された。休み時間や放課後を使って毎日クラスの皆と一生懸命練習をし、時には不真面目だった男子と衝突もしたが、前日には完璧と言える状態にまで仕上げることができた。しかし合唱祭当日、私が家から出る事はなかった。クラスメイト達のことなど一瞬も考えることなく、私は独り、夕飯用に用意されていた御馳走のイクラを一粒一粒丁寧に並べてモザイクアートを作っていた。連絡もなく、電話にも一切出なかった私の身を案じて家に押しかけてきた担任教師の、あの侮蔑に満ちた眼は今でも忘れられない。

これだけではなく、前々から約束していた友達との予定を無視して家のベランダでデカい筆を担ぎ巨大書初めに挑戦してみたり、記念日に高級レストランを予約してくれていた彼氏を放置して買い置きのイチゴジャムをスプーンで瓶ごといってみたり、金曜夜の忙しいシフトのバイトをバックレて店長の絵描き歌の作曲に没頭してみたり、高校最後の部活に顔を出さず「3年間お疲れ様でした」と後輩から貰えたはずの寄書きを部屋に閉じこもって全部一人で再現してみたり……そのたびに私は底知れぬ快感を得て、同時に信頼を失ってきた。

携帯を耳に当て時報を聞きながら5分毎に来る電車の時刻の正確さに舌を巻いていたせいでセンター試験には間に合わなかったが、滑り止めの大学の試験は受験でき、無事大学生にはなれた。試験をサボるなどして一度は留年してしまったが、それ以外は目立った問題も無く、就職活動も嘘のように順調に終えられ、ついにこの春からめでたく社会人となることが決まった。一か月前から一人暮らしも始めた。

そして今日は、記念すべき入社式当日。

自分でも分からない。
時刻は十時を回っている。
開式時間の九時半は、とうに過ぎている。

 

 

私は今、プラレールで遊んでいる。

 

 

一週間ほど前にネットショッピングで衝動買いしたプラレールが、あろうことか昨日の夜届いてしまった。すぐさま開封しレールを組み始めたのだが、家全体に張り巡らせきったと同時に眠りに落ちてしまった。

そして今朝。

奇跡的に間に合う時間に起きられたものの、完成した立派な〝我が家線〟を目の前にして、あの忌々しい病が再び目を覚ましてしまった。

 

さあ、そろそろ洗面所へと姿を消した新幹線「のぞみ」が風呂場で折り返して戻ってくる頃だ。

「まだかなーー・・・・・・」

見に行きたい気持ちを抑え、私はベッドに腰掛ける。聞こえてくるモーター音が私の胸を踊らせる。

「・・・・・・あっ、きた!」

水回りツアーを終えたのぞみは洗面所から誇らしそうに姿を現し、そのまま居間へと突き進んできた。

「おおおおーー!!」

絨毯の段差を難なく越えそのままテーブルの下へと潜り込むと、イスの足に複雑に絡んだレールの上を舞うように走り、さらに私を湧かせる。積まれた漫画と束ねた古紙の段をグングン上り、そのままテレビ台へ、コンポ前、テレビ前、コンポ前、写真立て前、のぞみは止まらない。タンスを経由し再び床へと戻ってくると、出しっぱなしになっていた扇風機の周りを軽く一周、昨日脱ぎ捨てた靴下の脇を通過し、鞄を踏み越え、私のいるベッドの方へ、そして、ついに、ついに、私の足元まで!

 

 

 

 

ガシャンッ

 

 


 

レールの上に乗っていた入社式の書類にのぞみは躓き、横転した。

もう、走れない。

空回りするモーター音が、私の耳を逆撫で、心臓をギュッと小さくする。

 

あぁ、私はまたやってしまったんだ。

心が一瞬にしてグシャグシャになり涙がこぼれた。


私はここで何をしていたんだろう。

私は何のために頑張ってきたんだろう。

「どうして・・・・・・どうしてっ・・・・・・」

頬を伝った涙はボサボサの長い髪へと染みてゆく。

着信音は、鳴り止まない。

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コメント3件

全部読み終えてから写真みると笑
いくらのモザイクアートから一気読みでした!
ミルキクさん
読んでくださりありがとうございます!
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