迷走も青春の一部 なのだろう
だいぶ久々になってしまった。
この頃大学の出願エッセイがなかなか進まず、迷走している。
このままで大丈夫なのだろうか?と不安に駆られながら、父の留学ブログを読んでいた。
17年前、当時1歳 Baby だった僕は彼の姿 (母の姿) をどう見ていたのだろうか?父の若かりしき頃を想像しながら読んでいると、なんだか不思議な気分になる。
大学の出願では、自分はその場所に4年間何を学びにいくのか?何をやりたいのか?が重視される。
しかし、自分を形成する一つ一つの要素は見つけられても、それらがどう相関し僕という人ができているのか
その答えは濃い霧がかかった断崖絶壁の崖の頂上にあるようで、おぼろげにしか見えない。
「僕とは何なのか?」その答えをみようと、みようとするのだが、霧に阻まれて、かすかにしか見えない
考えに、考えていると、「モヤモヤ」と「イライラ」が心に募ってくる。最近自分笑顔な瞬間が少ないなぁとこの頃よく思う。
「なぜ辿り着けないんだ」なぜ?なぜ?
文章を書いていると、昨晩相談させていただいた先生から、メッセージがきた。
「答えは全部自分の中にあるはず。問いを壁に投げて跳ね返ってくるものを拾えばいいんです」
少し心の整理がついた。
そして、次の一歩を踏み出す後押しをしてもらった感覚を覚えた。
今僕はとにかく「自分に問い」「登る」しかないのだろう
2ヶ月後 (出願の締め切り日) 僕は果たして霧の先に立っているのだろうか。
KAC前のベンチでそよ風に揺られ、
自分とは何なのか?
必死に模索している
Like Someone In Love (Bill Evans)
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