私小説のようなエッセイのような限りなく実話に近い小説『麻生優作はアメリカで名前を呼ばれたくない』10
(読んでる人いるのかわからんけど……)アメリカ生活で自分が体験した、また、知人が体験した実話を織り交ぜて描いた限りなく私他小説に近いヒューマンドラマ第10回
「いやぁ、しかし驚きましたよ。ここでまたあなたに会えるとは」
ラクダまつげの神様野郎は、優作のパンツを尻ポケットに押し込んだ。
「そ、そうですね……」
買うもの買ったんならさっさ帰ってくれ、と優作は思った。しかし、日本の本音と建前が染み付いた彼にはそんなこと言えるはずもなく。
「あの……もう夜ですし、ご家族の方が心配されるのでは?」
遠回しにほのめかした。
「ああ。それなら心配は無用です。私には家族はおりません」
「えっ!? うそ! いないの?」
優作はびっくりした。このラクダまつげは、かなりいい歳こいたオッサンだ。加えて、濃い顔も濃い胸毛もケツアゴも、アメリカでは男前の象徴とされ、引く手数多に見えたからだ。
アメリカ人が、日本人以上に独身であることに引け目を感じる人が多いのを優作は知っていた。ビジネスパーティでは常に夫婦同席が求められるし、家族のいない独身男は昇進できないとさえ言われた。最近ではLGBTQ差別に国全体がセンシティブになり、そういった環境に配慮しているのもあって偏見は減っているものの、ゲイの社員が自身の性的指向を隠し、女性とカモフラ婚をするのは今でもある。
どんな理由にせよ、いい歳こいた独り身は、社会からのはみ出しものとされ、奇異の目で見られた。
10月から12月のハロウィン、サンクスギビング、クリスマスの三大イベント時には、出会う人々から家族と過ごすことを前提とした質問を必ずといっていいほどされた。「一人で過ごす」などと答えようものなら、死にかけた捨て犬を見るような哀れみの目を向け、勝手に同情し、「うちにこないか?」と誘ってくる。
そんな社会的価値観を持つ背景があるからか知らないが、アメリカ人たちは離婚してもすぐ再婚するし、とりあえず結婚したがる。ように思えた。
嫌になっても他に好きな人ができたと離婚すればいいので、とにかく簡単に結婚、離婚が可能な国だ。車を乗り換えるよりイージーと言っていた。
金や財産のことが心配ならプリナップ(婚前契約)を書けばいい。結婚離婚は思いったが吉日。
「ご、ご家族がおられないって?」
「はい。地上に来たのは私だけなので」神は寂しそうに俯いたあと、パッと顔を上げた。「とはいっても、神の国にいたときも独身でしたけどねー。WAHAHAHA!」
「……」
そうだった。目の前のこいつは自分を神と名乗る頭が変な奴だった。真面目に考えた自分が愚かしい。どんなに見た目がイケてても、ジャンキーや変人と付き合おうとする奴は稀だ。
「そ、そうでしたか。いい人が見つかるといいですねー。あはは」
「はい。絶賛募集中です! それで、そちらは? ご結婚は?」
「はぁ、一応、してはいるんですが」
「一応?」
優作はそれ以上つっこんでくるなよ、と祈った。お前が本当に神ならこの祈りが聞こえるはずだ。
「それはそうと私、あなたのお名前をまだお伺いしていませんでしたね」
神が思い出したように言った。優作はドキっとした。家族のことをつっこまれるのもいやだが、名前はもっと嫌だった。
「名前はなんとおっしゃるのですか?」
「わ、私ですか? わ、私は―――」
はじめてアメリカに来て、会社から勧められて通った語学学校での自己紹介の辛い思い出が優作の脳裏をよぎった。
あの時は自己紹介で名前を言った途端、講師が殴りかかってきてえらい目にあった。
でも、名前を聞かれて黙ってるわけにはいかない。
「あ、あそうゆうさく……です」
「は?」
神が片方の眉を上げ訝しむ表情をみせる。
「すいません、よく聞こえませんでした。もう一度おねがいします」
「あそうゆうさくです!」
「WHATーーーーー!?」
神が、突然顔を悪魔のように歪ませ、優作の胸ぐらに掴みかかってきた。
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