地域発イノベーションの育て方 - 序章 イノベーションの源泉としてのリソース

 この度、本書の出版元であるNTT出版より許可をいただき、序章をnote上で公開することにしました。序章をご覧になっていただき、本書に関心をもっていただいた方は、ぜひご購入いただければ幸いです。

 WANIC(ワニック)ココナッツ・スピリッツは、ココナッツ・ウォーターを原料として製造される新しい蒸留酒である。この酒は、二〇一〇年より東ティモール、フィリピン、そしてラオスとその活動拠点を移動させつつ製造され、現在、日本国内で販売されている。ほのかな甘みと、ココナッツの香りが喉の奥に残る、アルコール度数四二%のハードリカーである(図0・1)。

図0・1 WANICココナッツ スピリッツ 2015

 このWANICココナッツ・スピリッツが二〇一七年、アメリカ最大のスピリッツコンテストSan Francisco World Spirits Challenge(以下、SFWSC)のホワイトスピリッツ部門で、Goldメダルを獲得した。SFWSCは、カテゴリごとにDouble Gold、Gold、Silver、Bronze が設定されており、ホテル、レストラン、バイヤー、ジャーナリストなどで構成される審査員によるブラインドテイスティングを経て各賞が選出される。途上国で生まれた、しかも熟成一年後の最初のロットの製品が、著名なコンテストで受賞できたことは痛快であった。

 WANICココナッツ・スピリッツが生み出されたプロセスの理論化を試みたものが本書である。そのプロセスとは、その地域ならではのリソースを出発点として、途上国と先進国のリソースとを統合させ、新たな価値を提案しようという試みであった。その際、様々なスキルやナレッジを保有する様々なアクターが一つのエコシステムを構築することで、非常に強力かつ魅力的な価値の提案が可能となる。このような全体のプロセスを、本書ではリソース・ドリブン・イノベーション(RDI)と呼びたい。 

 RDIを紡ぎ出すためのフレームワークは、三つのフェーズからなるデザイン・プロセス、四つのデザイン対象、そして四つのデザイン・ツールで構成される。理論の中心となる要素はリソースである。いかにリソースを発見し、統合し、そして拡大していくか、という視点からデザイン・プロセスを構成し、ツールを選定している。

 本フレームワークの説明にあたって、イノベーション、製品、市場など、様々な対象に対して紡ぐという表現を選択している。これは、リソースを糸としてみなし、様々なリソースを統合して、これらを生み出すだけではなく、時間をかけリソースを拡大させつつ、これらを育てていくという意味を込めたいと考えたことによる。

 本理論は、何も東ティモール、フィリピン、ラオスといった途上国に限定されたものではなく、リソースが豊富な地域であれば、適用可能である。ここでいうリソースとは、天然資源や文化資源といった、地域に存在する、その地域ならではのリソースを指す。途上国から日本の地方へと視点を移してみると、実に様々なリソースに溢れていることがわかる。本書を通じて、地方の人々がこれらのリソースを活用し、自らの手でイノベーションを紡ぎ出すためには、どのような理論と方法論が必要となるのかという問いに対する一つの道筋を明らかにしたい。

 本理論は、ココナッツ・スピリッツWANICを通じて得られた経験によるところが多い。WANICの経験を裏づけとしつつ、さらにいくつかのイノベーション理論を統合し、組み上げた理論である。まずは、WANICの着想から製造までのストーリーを簡潔に紹介したい。

途上国と先進国のリソースから生まれたWANIC

 ココヤシの実を容器として利用し、内部のココナッツ・ウォーターを発酵させて作られる果実酒は、フレッシュWANICと呼ばれる。ココナッツ・ウォーターの風味を残しつつ、爽快感と清涼感を併せもつ、アルコール度数七%の醸造酒である(図0・2)。アルコール度数七%とは、一般的なワインと同程度であるが、その度数と比較して存外飲みやすい。その飲みやすさゆえに、ついつい飲み過ぎてしまう。本書では、製品をWANIC、プロジェクトをWanicと表記することにする。

デザイン・コンテストでの出会い

 Wanicプロジェクトは、東ティモールで実施したフィールドワークから始まった。その発端は、二〇一〇年に開催された、あるプロダクトデザインコンテストまで遡る。そのコンテストの趣旨は、東ティモールでフィールドワークを行い、現地の人々の課題を解決することを目的としたプロダクトをデザインするという挑戦的なものであった。

図0・2 フレッシュWANIC

 このプロダクトデザインコンテストでは、主催者側がチーム・メンバを選定していた。医療デバイスのデザイン経験があるプロダクト・デザイナ、ソーシャル・アントレプレナーシップを専攻する大学院生、医師免許をもつ政策秘書など、様々なバックグラウンドをもつメンバで構成されていた。当時、サービス・デザインを専門とし、ソーシャル・イノベーションへと研究領域をシフトさせようと考えていた私は、途上国の社会課題の解決には、モノや金を提供するよりも方法を提案したい、との哲学を抱き、コンテストに参加していた。

ココヤシの実から

 東ティモールでのフィールドワークを通じて発見したリソースは、ココヤシの実であった。東ティモールは、約二五年にもわたった独立戦争の影響から国土は荒廃し、十分なインフラも整備されていない。目ぼしい技術、あるいは技術を活かす人材も乏しい東ティモールでは、リソースは限られていた。そのようななか、フィールド調査を通じて、ある余剰リソースが見つかった。それが海岸線沿いの路上に設置されたリヤカーに積み上げられ、大量に売れ残っていたココヤシの実であった。

 ココヤシの実は、その実一つから様々な製品が生み出されるリソースである。例えば、固形胚乳であるココ・ミートから、ココナッツ・ミルクやココナッツ・オイルが製造される。また、殻であるココナッツ・ハスクのうち、柔らかい繊維部分は、カゴなどに利用され、堅い外皮部分は、粉砕後加熱処理され、ココ・ピートと呼ばれる水耕栽培用の土として加工される。一つ一ドル以下で取り引きされるココヤシの実は、高付加価値製品を生み出すリソースとして活用されている。

 このようなリソースに加えて、現金収入獲得手段の不足という課題を発見した。東ティモールでは、石油以外の主要産業が農業のみであり、現金収入獲得手段に乏しい。教育や衣食住など、投資に必要な現金を獲得する方法が限定されているのである。産業創出は東ティモールの国家としての課題であった。現金収入獲得手段の不足という課題と、余剰リソースとしてのココヤシの実、そして、各チーム・メンバの哲学、アイデンティティ、スキル、ナレッジ、これらが絡み合い、フレッシュWANICという新たな製品コンセプトが紡ぎ出された。

顧客体験のデザイン

 WANICにおける顧客体験をデザインするにあたって、まず、顧客を定義するところから始めた。フレッシュWANICの顧客は、現金収入を向上させたい東ティモールの現地の人々であった。彼らの課題は現金収入の不足であり、このような課題を解決するために、ココナッツ・ウォーターから作られる醸造酒WANICを製造するためのWANICツールキットおよびレシピをデザインした。

 また、顧客の顧客として、現地に住む先進国出身の富裕層を設定した。なぜならば、途上国の人々にとって、ココヤシの実やココナッツ・ウォーターは身近な存在であり、低価格で流通しているだけではなく、樹液から作られるトゥアックといった低価格のヤシ酒も存在するため、

ココナッツ・ウォーター由来の醸造酒に関心を抱かないと思われた。一方、先進国出身の人々にとって、ココヤシはエキゾチシズムのシンボルであるだけではなく、昨今のココ・ウォーターやココナッツ・オイルのもつ肌や健康に対するポジティブなイメージから、ココナッツ・ウォーターから作られる醸造酒に対しても特別なイメージを抱くと考えたためである。

サービス・エコシステム

 このような顧客体験をもつフレッシュWANICを中心とするサービス・エコシステムのプロトタイプをデザインした。自然界におけるエコシステムは、様々なアクターどうしが互いにつながっており、自らの生存のために互いに依存する一つのシステムを指す。サービス・エコシステムは、顧客に対して新たな価値を提案するために必要なサービスを提供する、様々なアクターで構成される一つのシステムを指す。

 フレッシュWANICを中心とするサービス・エコシステムには、フレッシュWANICメーカー、WANICツールキットメーカー、ココヤシ農家が主なアクターとして存在する。WANICツールキットメーカーは、WANICツールキットを製造し、フレッシュWANICメーカーに販売する。フレッシュWANICメーカーは、ココヤシ農家からココヤシの実を買い取り、WANICツールキットとレシピを使って、フレッシュWANICを製造し、現地に住む先進国出身の人々が集まるレストラン、バー、ホテルにフレッシュWANICを販売する(図0・3)。

図0・3 フレッシュWANICのサービス・エコシステム

 チームのメンバで構成されるWanic Japanは、現地の人々の現金収入向上を目的として、このようなサービス・エコシステム上で動作するビジネスモデルをデザインした。現地のWANICツールキットメーカーに対してはツールキットの設計図を無料で公開し、現地のフレッシュWANICメーカーに対して、彼らが容易に取得しづらい良質な酵母を販売することで、売り上げを得るモデルを採用した。

 以上のようなプロセスで、新たな製品コンセプト、顧客体験、サービス・エコシステム、ビジネスモデルのプロトタイプをデザインしたのち、顧客とともにこれらのテストを行い、顧客からのフィードバックを得て、プロトタイプの改良を行った。

スピリッツへの転換

 プロトタイピングとテストを繰り返すなかで、最も考慮したのは、フレッシュWANICの品質であった。フィリピンにもココヤシの樹液から作られる醸造酒Tuba(トゥバ)があるが、酸味が強く、味も安定せず、決して美味とは言い難い。ココナッツ・ウォーターから作られる世界初の醸造酒という触れ込みであっても、品質が優れていなければ、優れた顧客体験を提供できない。私たちは技術パートナーであるアグリコール・ラム製造会社のLAODI(ラオディ)社との出会いをきっかけに、徹底した品質管理に基づく製造プロセスを確立し、その結果、新たな製品としてWANICココナッツ・スピリッツを開発した。

 蒸留酒を開発したことで、その顧客は現地に住む先進国出身の人々から、先進国に在住する人々へと変化した。パートナーであるLAODI社の蒸留施設のあるヴィエンチャンから船便で東京へと製品を出荷し、東京を中心としたバーやレストランとのパートナーシップを構築し、これらのチャネルを通じて、WANICを提供することを目指した。

エコシステムのアップデート

 WANICココナッツ・スピリッツの開発を経て、サービス・エコシステムもまたアップデートされた(図0・4)。このエコシステムには、Wanic社、ココヤシ農家、LAODI社が主なアクターとして存在する。Wanic社は、ココヤシ農家からココヤシの実を買い取る。Wanic社は、ココヤシの実からココナッツ・ウォーターを取り出し、LAODI社の施設を利用して、フレッシュWANICを醸造し、WANICココナッツ・スピリッツを蒸留する。LAODI社が中国より買いつけたボトルと同種のものを流用することで、調達コストの低下を狙った。

図0・4 WANICココナッツ・スピリッツのサービス・エコシステム
(ラオス版)

 二〇一六年九月、WANICココナッツ・スピリッツ2015がリリースされた。リリースにあたって、顧客との接点として自社ウェブサイトをリニューアルし、Eコマース機能を実装した。二〇一五年に蒸留した最初のロットは一〇〇本限定であった。Eコマースと対面営業を通じてこの一〇〇本を売り切りきった先に、次のステップとしてフィリピンでの蒸留所建設が見えてくる。

フィリピンへ

 ココヤシ最大の産地の一つ、フィリピンにおけるWANICココナッツ・スピリッツを中心とするサービス・エコシステムは現在のものと大きく異なる(図0・5)。このエコシステムには、WANICメーカー、ココヤシ農家、ココナッツ・オイル製造業者、ココ・ピート製造業者が主なアクターとして存在する。WANICメーカーは、ココナッツ・オイル業者が固形胚乳を取り出したあとのココヤシの実を買い取る。WANICメーカーは、ココヤシの実からココナッツ・ウォーターを取り出し、フレッシュWANICを醸造し、WANICココナッツ・スピリッツを蒸留する。さらにココナッツ・ウォーターを抜き取ったあとのココヤシの実をココ・ピート業者に販売し、ココ・ピート業者はこれを粉砕、加熱処理を施し、水耕栽培用の培養土を製造する。エコシステム内の各アクターが価値を共創し、エコシステム全体の価値を創出することを狙いとしている。

図0・5 WANICココナッツ・スピリッツのサービス・エコシステム
(フィリピン版)

 残念ながら、東ティモールや、WANICココナッツ・スピリッツ2015を製造したラオス・ヴィエンチャンでは、既存のココナッツ産業が存在しない。したがって、このようなサービス・エコシステムを構築するには、しばしの時間を必要とする。しかしながら、世界第二位のココヤシ生産量を誇るフィリピンであれば、既存のココナッツ産業が存在している。既存のココナッツ産業に連なる企業とパートナーシップを締結することで、このようなエコシステムの構築も十分に実現可能なのである。

コンテストへの挑戦

 プロモーションのためのリソースを拡大させるために、冒頭で紹介したSFWSC以外にも、いくつかのスピリッツコンテストへ応募を行った。NYのUltimate Spirits Challengeでは、スコア92(Highly Recommend)を獲得し、その他スピリッツ部門において一位の成績を残した。審査員からのテイスティングノートでは、「やわらかく辛口で澄み切ったスピリッツで、ココナッツらしさとともに、わずかな甘さが香る。口当たりが良く、その風味は滑らかに新鮮なココナッツへと発展し、仕上げにナッツらしさが感じられる。全体的に、豪華かつマイルドで、心地よい」と評された。また、ロンドンで創設された歴史と権威を誇る世界的なワインとスピリッツのコンテストであるInternational Wine & Spirits Competition(IWSC)では、Bronzeを獲得した(図0・6)。これらの結果を新たなリソースとして、プレスリリースサービスや自社サイトに記事を掲載し、プロモーションに活用している。

図0・6 IWSC 2017授賞式のBanquetの様子

WANICが示唆するもの

 このようなプロセスでデザインされたWANICはいくつかの可能性を示している。まず、第一に、WANICは、途上国のリソースを発見して生まれたイノベーションであるという点である。フィールドワークを通じて、地域のリソースを発見し、このリソースを土台としてイノベーションを創出するための方法論を構築することで、たとえ途上国から日本の地方へとそのフィールドを移動させたとしても、その地域ならではのリソースに着目したイノベーションの創出が可能となるだろう。

 第二に、WANICは、途上国由来のリソースとしてのココヤシと、先進国由来のリソースとしてのチームのスキルとナレッジを統合して生まれたイノベーションであるという点である。このようなリソースに着目した方法論を構築することで、日本の地方においても、その地域ならではのリソースに新たなスキルやナレッジを掛け合わせリソースを統合することで、イノベーションの創出が可能となるだろう。

 第三に、WANICは、途上国と先進国でフィールドワーク、プロトタイピング、テスト、コラボレーションを繰り返しながら生まれたイノベーションであるという点である。顧客のもつ課題やチームのもつ哲学は変わらずとも、フィールドワーク後に生まれた、製品コンセプト、顧客体験、サービス・エコシステム、ビジネスモデルは、製品リリース段階とは全く異なるものへと変化していた。このような様々なアプローチを通じて、チームのスキルとナレッジをアップデートし、プロトタイプを改善し続ける方法論を構築することで、イノベーションの創出が可能となるだろう。

 これらの可能性を踏まえると、リソースが不足していると思われがちな地方であっても、イノベーションに必要な方法論を導入することで、次々とイノベーションを創出することができると言える。なぜならば、地方にはイノベーションに必要なリソースは十分に存在しているためだ。しかしながら、現状それが現実のものとなっていないとすると、昨今イノベーションを実現するための方法論として世に広められている方法論それ自体に限界があるということになる。このような現状に対して、地方において地域のアクターが自らイノベーションを創出するための、実効性のある理論と方法論を構築しようというのが本書の狙いである。

イノベーション理論としてのリソース・ドリブン・イノベーション

 本書では、WANICにおいて創出したタイプのイノベーションをリソース・ドリブン・イノベーション(RDI)と名づけた。すなわち、地域の人々が、彼らの身の回りにある馴染み深いリソースから、新たな製品をデザインし、新たな事業を紡ぎ出すイノベーションを指す。 

 RDIにおいて鍵となるのは、リソースである。ココナッツのような天然のリソースであれ、観光地となっている文化的、歴史的なリソースであれ、まずは地域のリソースを発見する。また、スキルやナレッジ、さらには顧客やパートナーといった社会的ネットワークもリソースに含まれる。スキル、ナレッジを適用し、顧客やパートナーとともにリソースを統合することで、どこでもイノベーションが可能となる。これがRDIの本質である。

イノベーションとは何か

 長らくイノベーションは、新しいアイディアの創出、発明、あるいは技術革新と混同されてきた。後者については、イノベーションが日本で「技術革新」と誤訳されたことによるところが大きい。この翻訳が広まった一つの要因は、「もはや戦後ではない」のフレーズが記載された一九五六年の『経済白書』01* にあると言われている。本白書において、イノベーションの概念が紹介された際、「イノベーション=技術革新」と翻訳されたのである。しかしながら、本来の意味でのイノベーションは、新しいアイディアの創出や技術革新という限定的な概念ではなく、より広い概念である。

 経済学におけるイノベーション研究は、ヨーゼフ・シュンペーターを由来とする。一九一二年に出版された『経済発展の理論』02*の中で、後に「イノベーション」と呼ばれるものを、彼は「Durchsetzung neuer Kombinationen」、つまり、新結合の遂行と呼んでいる。一九三七年に出版された『経済発展の理論』の日本語版にはシュンペーターによる英語序文が収録されており、「innovation」という英語が「新結合の遂行」の意味で使われていることがわかる。

 シュンペーターは、「新結合」を五つのタイプに限定していた。第一は「新製品、あるいは、新しい品質を伴う製品の開発」、第二は「新しい生産方法の導入」、第三は「新しい販路の開拓」、第四は「原料、あるいは、半製品の新しい供給源の獲得」、最後に「新しい組織の実現」である。これら五つのタイプからも判断できるように、シュンペーターがイノベーションの概念を提唱した段階では、技術革新に限定されていたわけではなかった。市場そのものの開発、さらには組織論までをも含む実に幅広い概念であった。

 シュンペーターの主張の示唆深さは、「新結合」にとどまらず、その「遂行」までを経済発展の源として捉えていた点にある。つまり、何かを組み合わせ、新しいアイディアを生み出しただけでは不十分であり、それらを「遂行」しなければ経済発展はないと主張していたのである。ゆえに、五つのパタンはすべて実現に類するワードが含まれている。シュンペーターを多少なりとも読み込んでいれば、例えばブレーンストーミングによるアイディア創出やコンセプト構築が、すなわちイノベーションであるなどとは言えないことは自明だろう。

イノベーションとしてのWANIC

 このようなシュンペーターの考えを踏まえると、WANICこそイノベーションそのものである。従来のココヤシがもっていた〈原始的な酒+途上国の人々〉という組み合わせを、〈洗練された酒+先進国の人々〉へと変更し、新たな製品と新たな顧客を創造したのである。このようなRDIは、イノベーションの文脈において三つのイノベーション・モデルの特徴を併せもつ。

 第一に、意味の急進的な変化を伴うイノベーションの可能性である。ココナッツ・ウォーターは、現地の人々にとって安価な水分および栄養供給源であり、また、ココヤシから作られる醸造酒トゥアックや蒸留酒アラックは現地の人々にとってタダ同然で品質の安定しない酒にすぎなかった。WANICはココナッツ・ウォーターのもつ意味、ココヤシ由来の酒のもつ意味を急進的に変化させ、全く新しいカテゴリの製品を作り出した。この意味で、RDIは意味の急進的な変化を伴うデザイン・ドリブン・イノベーションを継承する概念である。

 第二に、オープン・イノベーションの可能性である。WANICは、新たな製品であるフレッシュWANICおよびWANICツールキットのコンセプトを構築し、顧客体験、サービス・エコシステム、ビジネスモデルのプロトタイプをデザインした。このプロセスにおいて顧客を含む様々なパートナーのスキルとナレッジを新たなリソースとして統合したことで、最終的に製品をリリースするに至った。この意味で、RDIはオープン・イノベーションをより具体的かつ現実的なレベルへと落とし込んだ概念である。

 第三に、地方から中央に向けたイノベーションの可能性である。従来、イノベーションは、中央から地方へ、先進国から途上国へと輸出されるものであった。しかしながら、ゴビンダラジャンの主張するように03*、途上国から先進国へ、地方から中央へとイノベーションを逆輸入するリバース・イノベーションが存在する。RDIは、途上国から先進国だけではなく、地方から中央へ、辺境から中央へとイノベーションを逆輸入するという意味で、リバース・イノベーションを拡張する概念である。

紡ぎ出すプロセス

 このように特徴づけられるRDIを紡ぎ出すためのプロセスは、三つのフェーズからなるデザイン・プロセス、四つのデザイン対象、四つのデザイン・ツールで構成されている。

問題空間

 これらの概要を説明する前に、どのようなシチュエーションにおいてRDIの創出を狙うべきなのか、その問題空間を定めておく必要がある。 

 RDIが対象とする問題空間は、未来に関する予測が不可能で、目的が不明瞭な空間を対象としている。Wanicの場合、プロジェクトの開始時点では、どのような製品をデザインし、どのような市場を紡ぎ出そうという予測が不可能で、目的もまた不明瞭であった。いわゆる0から1を生み出そうとする段階であり、未来に対する不確実性の極めて高い状況をRDIは対象にしている。

 一方、未来に関する予測が可能で、目的が明瞭な空間とはどのような空間であるかというと、例えば、昨年度にある製品が一〇〇万台売れていたとして、今年度は二〇〇万台売りたい、という状況が考えられる。目的は前年比+一〇〇%の販売数である。昨年度のプロモーションに関する予算を二倍に上げることで、この目的を達成できるだろうと予測を立てるのである。このような状況においても、RDIは適用可能であるかもしれないが、より不確実性の高い状況において真価を発揮する理論である。

3つのフェーズ

 このような問題空間において実行されるRDIのデザイン・プロセスは、三つのフェーズで構成されている。

図0・7 リソース・ドリブン・イノベーションのデザイン・プロセス

 フェーズ1は、リソースの発見である。フェーズ1のゴールは、RDIを紡ぎ出す新たな製品をデザインするためのリソースの発見である。RDIを実現する製品は、天才のひらめきによって生まれるわけではない。現在のリソースを把握し、新たなリソースを発見し、それらを地道に分析し、統合することによって生み出される。製品のクオリティは、利用可能なリソースに強く依存する。したがって、適切な方法に基づいて適切なリソースを発見する必要がある。

 フェーズ2は、リソースの統合である。フェーズ2のゴールは、RDIを紡ぎ出す四つのデザイン対象、すなわち、コンセプト、顧客体験、サービス・エコシステム、ビジネスモデルの初期値の設定である。チームはすでに現在のリソースを把握し、さらには各種調査を経て新たなリソースを発見した。これらすべてをリソースとして統合し、デザイン機会を同定し、顧客の課題に対する新たな価値を提案する、新たなカテゴリに属する製品のコンセプト、顧客体験、サービス・エコシステム、ビジネスモデルの初期値をデザインする。

 フェーズ3は、リソースの拡大である。フェーズ3のゴールは、フェーズ2を経てデザインされた四つのデザイン対象、コンセプト、顧客体験、サービス・エコシステム、ビジネスモデルのアップデートである。フェーズ2が終了した段階では、これら四つのデザイン対象は、初期値をもっているにすぎない。リソースの拡大を通じて、四つのデザイン対象をアップデートすることで、顧客に対する提供価値のアップデートを行う。これら四つのデザイン対象をアップデートするためのツールが四つのデザイン・ツールである。

4つのデザイン・ツール

 ツール1は、パートナーシップである。パートナーシップは二つの役割をもつ。第一の役割は、パートナーの提供可能なサービスに基づいて、価値提案プロセスにおいて利用可能なリソースが拡大される。第二の役割は、パートナーとの関係性が制約条件として機能し、新たな製品の可能性がある方向に収斂される。

 ツール2は、フィールドワークである。リソースの発見フェーズにおいても現場観察およびインタビューを実施したが、リソースの拡大フェーズにおいても、フィールドワークを実施する。ただし、すでにデザイン機会は発見されているため、フィールドワークの目的が異なる。すなわち、価値提案プロセスにおいて利用可能な新たなリソースを発見すること、および、顧客が新たな製品を使用する際に、より価値を見出す文脈を発見することがその目的となる。

 ツール3は、プロトタイピングである。プロトタイピングでは、二つの領域を扱う。第一の領域は、コンセプトや顧客体験の可視化である。想定顧客がコンセプトを体験可能な状態とすることで、不確実性を減少させる。第二の領域は、新たな製品を顧客に伝達するためのメディアのデザインである。メディアを通じて、新たな製品のブランドの想定顧客への認知、および、顧客との関係性を構築する。

 ツール4は、テストである。プロトタイピングを通じてデザインされた様々なプロトタイプは単にデザインされただけでは不十分である。なぜならば、その価値は顧客がプロトタイプを使用することで、顧客が判断して初めて創出されるためである。価値共創プロセスにおいて取得されたリソースは、クライアントやチームにフィードバックされることで、新たなリソースとして機能し、次のプロトタイプのデザインに活かされることとなる。

 以上の三つのフェーズをまとめると、現在のリソースを把握し、新たに発見したリソースと統合することで、イノベーション・プロセスの初期値としての四つのデザイン対象のプロトタイプをデザインし、パートナーや顧客とともに、リソースの統合と発見を繰り返しながら、目的を収斂させ、新たな市場を紡ぎ出す。これがRDIのプロセスである。このような方法論を様々な分野に展開することによって、その地域ならではのリソースを活かした、その地域ならではの様々な新規産業を紡ぎ出すことができる。

鉄道と郵便馬車

 話をもう一度シュンペーターに戻そう。シュンペーターは、新結合の遂行という現象には、二つの非連続性が存在すると主張し、これを鉄道と郵便馬車を例に説明した。

 第一の非連続性とは、軌道の変更である。「郵便馬車をいくら連続的に加えても、それによって鉄道をうることはできないだろう」(シュンペーター)。郵便馬車をいくら改良しても、鉄道には成りえないのである。郵便馬車と鉄道は確かに同じく輸送手段として考えられる。しかしながら、鉄道は、鉄道ネットワークを通じて貨物の大量輸送という新たなサービスを実現し、人間社会の軌道を質的に変化させてしまった。

 第二の非連続性とは、発展担当者の変更である。「鉄道を建設したものは、一般に駅馬車の持ち主ではなかったのである」(シュンペーター)。旧い産業の担い手は、一般的に、イノベーションの担い手たり得ない。新結合は、旧結合と並走して出現するものの、やがて旧結合は淘汰される。このとき、新結合の社会的地位は上昇し、旧結合の社会的地位は下落するのである。

 シュンペーターのイノベーション理論が鉄道と鉄道ネットワークのもたらす社会の変化を背景としたものであったのに対して、RDIは、IoT、ロボティクス、拡張現実、AIなど、コンピュータとネットワークのもたらす社会の急進的な変化を背景としている。このような時代に求められる新たなイノベーションの枠組みとその方法論を構築し、二一世紀ならではの地方のビジョンをデザインする一翼を担いたいと切望している。

参考文献

01. 経済企画庁(1956)「昭和31年年次経済報告」、Retrieved August 6, 2014, from <http://www5.cao.go.jp/keizai3/ keizaiwp/wp-je56/wp-je56-010303.html>。

02. シュムペーター(1977)『経済発展の理論(上)』、東京:岩波書店、182-183頁。

03. ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル(2012)『リバース・イノベーション』、東京:ダイヤモンド社。


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