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断髪小説_おかっぱ校則の憂鬱

校則

風がそよそよと吹き抜ける、春の訪れを感じさせる日だった。空は青く澄み渡り、暖かな陽射しが身体を包み込んでいた。道路沿いには、色とりどりの花々が咲き誇っていた。桜の木も、まだつぼみのままだが、花びらが膨らみ始め、春の訪れを告げているかのようだった。人々は薄着になり、春の訪れを楽しんでいた。

そんな中、茉莉は憂鬱そうな表情を浮かべていた。小学生から中学生になる最後の春休み。自由な時間が手に入ったはずなのに、茉莉は胸がざわめくような気持ちで日々を過ごしていた。
茉莉は中学校の「入学の手引」を読んでいた。髪型の欄には以下のように書かれていた。

当校においては、男子については、頭髪を短く刈り込むことが求められます。具体的には、丸刈りが望ましいとされます。これは、清潔感を保ち、学校生活を適切に送るための措置であります。
女子については、髪型についての校則も定められております。女子の髪は、肩よりも長い場合は、一定の長さに切り揃えることが求められます。具体的には、おかっぱ頭が望ましいとされます。これは、学校生活において一定の秩序を保つための規定であります。

彼女はこれまでずっと、腰まで伸びた美しいロングヘアを誇りに思っていた。しかし、新しい学校ではその髪型が許されない。茉莉にとって、これは辛い現実だった。茉莉は自分の髪を見つめ、悩んだ表情を浮かべた。

「なんで髪短くしなきゃいけないの?ロングヘアの人が多いのに…」と彼女はつぶやいた。

茉莉は腰まで伸びた長い黒髪を指先で撫でながら、心の中でため息をついた。茉莉は、腰まで伸ばした美しい黒髪ロングヘアが自慢で、ずっと髪を伸ばしていた。茉莉の黒髪は輝きを放ち、まるで繊細な糸のように手に触れるとしなやかな感触が伝わってくる。太陽の光に照らされると、黒髪が一層深みを増し、艶やかな輝きを放つ。風になびくたびに、黒髪の流れる姿がまるで美しいシルクのように見える。

茉莉は長い髪をとても大切にしていた。彼女の髪は真っ直ぐで、朝起きてから、しばしば長い時間をかけて髪をとかし、きちんとセットすることが日課だった。それだけでなく、洗髪やトリートメントなど、髪の手入れにはとても時間をかけていた。茉莉の髪は、彼女自身の美しさや自信の象徴だった。

彼女はロングヘアの魅力をよく知っていた。髪をなびかせる風景や、髪の毛を手で撫でたときの気持ちよさを楽しんでいた。鏡を見るたびに、自分の髪を眺めては微笑んでいた。それが彼女にとって自信の源だった。

「髪を切らなければならないなんて、本当に憂鬱…」と茉莉はため息をついた。田舎町に住んでいながら、都会に憧れを抱き、常にファッションにも気を遣っていた茉莉にとっては、おかっぱは田舎の象徴のようなものであり、いくら校則とはいえ、髪を切るのが嫌で仕方がなかった。

髪を切ることの葛藤

春休みも一週間が過ぎたある日、小学校の友達の美穂に会う約束があった。茉莉は美穂の姿を見て驚きを隠せなかった。美穂は以前のような美しいロングヘアではなくなり、バッサリと切りそろえられた首が丸出しのおかっぱ頭になっていた。
「ねえ、私髪切ったんだよ。思い切って。びっくりした?」と美穂は茉莉に話しかけた。茉莉は素直に「びっくりしたよ。すごく似合ってるよ」と答えた。美穂はにこやかに微笑んだ。
「ありがとう。もうすぐ入学式だし、まだロングヘアのままだとみんなから浮くかもしれないからね。どうせ校則に従わないといけないし、もし、悩んでるなら後で後悔するよりも早く切ったほうがいいよ。私も最初は嫌だったけど、やっぱり切ってよかったと思ってる」とアドバイスした。茉莉は、美穂の言葉に自分自身が悩んでいることを否定できず、うつむいてしまった。

翌日、茉莉は美穂の言葉を思い出し、美容室に向かった。美容室の前で立ち止まった茉莉は、ガラス窓越しに店内をうかがいながら、自分が髪を切る時のことを想像していた。
店内から美容師が髪を切る音や、ドライヤーの音が聞こえてくるようだった。茉莉はドキドキしながら、自分がカットされる姿を想像した。長い髪を切られるイメージが頭をよぎり、不安な気持ちが募っていく。
「やっぱり、ここに来たら切らなきゃダメなのかな…でも、こんなに伸ばしたのに…」と茉莉は自問自答していた。
結局その日は美容室に入ることができず、入学式の前日まで自分の髪をどうするか決めかねていた。髪を切れば、自分の大切なものを手放すことになる。長年伸ばしてきた髪を切ることで、彼女の個性も失われてしまうかもしれないと不安になった。しかし、校則は変えることのできない現実であった。

美容室への足取り

入学式の前日、母親に今日こそは髪を切るように強制された。
「明日は入学式だから、今日こそは髪を切りに行きなさい」と母親が厳しく言った。
「わかってる。でも、髪を切るのが怖いんだよ…」茉莉が小さな声で言った。
「いい加減にしなさい。あなたはもう小学生じゃないんだから。お母さんの言うことを聞かないと、お友達にも迷惑がかかるわよ」と母親はしっかりと言いきった。
「でも…」茉莉が言いかけたところで、母親は財布から1万円札を取り出し、茉莉に手渡した。
「これで、ちゃんといい美容室で切ってもらいなさい。明日は立派なおかっぱ頭で入学式に出席して、お母さんを誇らしく思わせてよ」と母親は笑みを浮かべて言った。
茉莉は、1万円札を握りしめながら、ため息をついた。髪を切ることが怖くてたまらなかったが、母親の言葉には逆らえなかった。そう、自分はもう小学生ではなく、中学生。大人になっていく過程で、髪型も変わっていかなければならないのだと、茉莉は自分に言い聞かせた。

泣きながら覚悟を決め、美容室に向かう。しかし、茉莉はまだ髪を切ることに対して葛藤していた。彼女は、おかっぱ頭になることが自分自身のアイデンティティーを失うことを意味するような気がしていた。美容室に向かう彼女の足取りは重かった。何度も立ち止まっては、髪を切ることの意味を考えていた。でも、美容室に着いてしまえば、もう後には引けない。
美容室に到着すると、茉莉は足が止まってしまった。扉の前に立ち、ドアノブを握る手が震えているのがわかった。覚悟を決めたとはいえ、思っていた以上に胸が高鳴っていた。
「でも、このままじゃいけない…先生に怒られるし、友達にも見られたくないし…」と茉莉は自分に言い聞かせ、勇気を振り絞った。
扉を開けた瞬間、懐かしい匂いが鼻をくすぐった。初めて美容室に入ったのは小学校低学年の頃だったが、それからもう何年も経っていた。
「どうしたの?お客様。ご予約は…?」
美容師さんに声をかけられ、茉莉は我に返る。予約していなかったが、優しく対応してもらえ、順番待ちの席に座って待つことになった。
順番を待つ間、茉莉は一人不安に包まれた。美容室の中は、落ち着いた雰囲気で、淡いピンク色の壁紙に、白い椅子が並んでいた。美容師たちの話し声や音楽が聞こえてくる。自分が想像していたよりも緊張感があって、美容室の空気も重苦しく感じられる。心臓が高鳴り、手のひらが汗ばんでいた。おかっぱになったら、どんな風になるのだろうか。自分に似合うかどうか、全く想像がつかなかった。

断髪へのカウントダウン

「おまたせしました。どうぞ」
美容師が呼びかけると、彼女は緊張で体が硬直してしまった。立ち上がり、美容師の後ろについていくと、茉莉は自分がふらついているのに気が付いた。足元の床が急に遠のいて、自分が座るイスにぶつかりそうになる。手すりにすがってなんとか落ち着き、鏡の前に座った。

茉莉は、おかっぱにする前に、もう一度鏡に映る自分の髪を見た。腰まで届く黒髪が、茉莉にとっての自慢だった。しかし、校則によって切る必要があるという現実を受け入れなければならない。鏡に映った自分を見ながら、茉莉はますます緊張して泣きそうになってしまう。

美容師は、にこやかに挨拶をしてから、鏡の前に回った。
「今日はどんな髪型にしましょうか?」と美容師が尋ねる。

茉莉は、顔を上げて自分自身を見つめながら、しばらく黙り込んでいた。
美容師が髪を触るたびに、胸が高鳴り、緊張で体が震えた。茉莉は口を開けたが、声が出ず、言葉がつまった。覚悟を決めたとはいえ、こんなにも緊張している自分に驚いた。何度も口にしていた「おかっぱにしてください」という言葉が、喉まで詰まっていた。

茉莉は緊張で泣きそうになりながら、「中学生になるので、おかっぱにしてください…」と、やっとのことで口から声が出た。自分でも驚くほど弱々しく、小さな声だった。
「すみません、私、おかっぱにしたくなくて…。でも、校則なので…。お任せします」
美容師は茉莉の言葉を静かに聞いていた。美容師は茉莉の表情から彼女の気持ちを理解し、静かに話しかけた。
「では、横は耳たぶの下ぐらいで切りそろえて、後ろは襟足ギリギリぐらいで揃えますね」と美容師が優しく尋ねた。茉莉は、混乱しながらも、うなずいた。
「きっとかわいくなりますよ。お任せくださいね」
美容師が、茉莉の手を優しく引いて、シャンプー台に移動するよう促すと、茉莉は小さくうなずいた。

美容師がシャンプー用のタオルを茉莉の肩にかけ、茉莉はゆったりとした椅子に座った。美容師は、シャンプーの泡を優しく茉莉の頭皮に塗り込んでいく。茉莉は、やさしい指使いに安心感を覚え、目を閉じてゆっくりと息を吐き出した。

しかし、心の奥底では、髪を切ることに対する葛藤が強く残っていた。水の音と手の動きが周りを包み込む中、茉莉は後悔の念がますます強くなっていくのを感じていた。

切り落とされる髪

美容師が茉莉に白いカットクロスをかけると、美しいロングヘアが映えた。茉莉は自分の髪の美しさに改めて気づき、心の中で感動を覚えた。美容師が茉莉の髪を丁寧にブラッシングを始めると、茉莉は思わず目を閉じた。柔らかいブラシの触感と、髪の毛が滑り落ちる音が耳に心地よく響いた。

茉莉は心臓がドキドキしているのを感じた。彼女はもうすぐ髪を切ることになるのだ。美容師がハサミを持ち上げると、茉莉は思わず息を潜めた。
「はい、それでは切らせていただきますね。」
美容師は真剣な表情で茉莉の髪を見つめた。そして、美容師が茉莉の髪にハサミが入った瞬間、茉莉の心はざわめき始めた。茉莉の長い髪が一瞬で切り落とされ、長い髪は茉莉の頬を伝い、最後には床に落ちていった。髪がドサッと落ちていく音が、茉莉の胸に響き渡った。彼女はそれに驚いて、小さな声を出した。茉莉の髪は重力に従い、ドサッと床に落ちた。ハサミが髪に入るたび、茉莉の体が小さく震える。彼女は、口を開けたままになり、息を詰めた。彼女の目には涙が浮かんでいたが、それを堪えようと必死だった。切られた髪がカットクロスを落ちる音が響くたびに、茉莉は心の中で「やめて...」とつぶやいていた。彼女の手の中で握りしめられたタオルが汗で湿り始めた。

茉莉は、自分の髪が切られる音を聞きながら、怖いもの見たさのような気持ちで鏡を見つめていた。美容師の手元で、茉莉の髪はどんどん切り落とされていった。思い入れのある髪を切ることに戸惑いつつ、彼女は目を瞑り、心を落ち着かせようと試みた。しかし、手の震えは止まらず、鏡越しに見る自分自身の姿に対する不安感が高まっていく。茉莉の心はまだ自分の髪を失うことを受け入れられていなかった。彼女は髪が切られるたびに、少しずつ心が痛んでいくように感じた。

美容師は丁寧に髪をカットし、サイドは顎のラインで切り揃えられた。さっきまで彼女を覆っていた美しいロングヘアは白いカットクロスの上に包まれていた。茉莉は鏡を見つめ、自分の髪が徐々に失われていく様子を目の当たりにしていた。茉莉はハサミが彼女の髪に触れるたびに胸が張り裂けるような思いをした。

茉莉は、自分のアイデンティティーは髪にあったと思っていた。髪を切ることで、自分自身が失われていく気がしてならない。本当にこの髪を切っていいのだろうか、自問自答してしまう。でも、もう遅い。もうここまで来てしまったのだ。泣きたくなるような気持ちを抑えながら、茉莉はただ鏡越しに美容師の手が動くのを見ていた。

美容師が静かに後ろに回り、鋏の音が聞こえた。茉莉は首を引っ込め、口を閉じたまま、髪を切られるのを静かに耐えた。髪が切られるたびに、その重みを感じ首が軽くなるのを感じた。茉莉は叫びたくなるような衝動に駆られたが、自分を抑えた。カットクロスに包まれ、彼女は何も言えずにただ黙っていた。やがて、後ろ髪は襟足ギリギリで揃えられ、首が露出するまで短く切られていた。
自分の姿を確認するためにもう一度鏡を見ると、茉莉は少し戸惑った。自分の見た目が変わってしまったという事実が、彼女の心を不安定にさせた。さっきまで自分にあった長い髪が床に無惨に落ち、黒髪の海のようになっていた。床に散らばる黒髪を見つめながら、茉莉は過去の自分とも別れることを感じた。

そして、美容師は前髪を切り始めた。茉莉は目を閉じたまま、前髪が切られる音を聞いていた。しばらくして、美容師は彼女の前髪を切り揃え、茉莉は目を開けた。彼女が鏡を見ると、眉上で切り揃えられた前髪の茉莉が映っていた。それは、田舎の中学生そのものであり、彼女はショックを受けた。どうして自分がこのような姿になったのかを理解することはできなかった。

「ちょっと仕上げに襟足剃らせてもらいますね」
美容師がバリカンを持ち出し、茉莉の耳元でバリカンの音が響き渡ると、初めてのバリカンに対する不安で茉莉は顔をしかめた。
「心配いりませんよ。痛くないですすから」と美容師さんがやさしく声をかけた。
茉莉は頷いて、目を閉じた。バリカンの刃が彼女の頭皮に触れ、冷たい感触が広がった瞬間、思わず身をよじり、小さな悲鳴をあげてしまった。彼女は初めてのバリカンの振動に驚き、そのまま固まってしまった。彼女は目をつぶり、息を潜めた。彼女は屈辱的な気持ちに襲われた。茉莉の襟足の濃い部分がきれいに剃られ、彼女は自分自身を縮こまらせた。バリカンの音が止まると、茉莉は息を吐き出した。

美容師が髪を切り終えると、カットクロスを外し、合わせ鏡を使って茉莉に後ろ姿を見せた。鏡に映ったのは、襟足ギリギリで揃えられた髪とバリカンで剃られたところが青々としている姿だった。鏡越しに、美容師は微笑みかけたが、茉莉の心は揺らぎ続けていた。
「こんなに短くされるなんて思わなかった…」
茉莉は鏡に映った自分のおかっぱ頭を見て、呆然としていた。こんなヘアスタイルになるなんて夢にも思わなかった。あれだけの長い髪が、あっという間にバッサリと切られてしまった。彼女は改めて髪を確認するように、自分自身を鏡で見つめ、自分がどれだけ変わってしまったのかを実感した。おかっぱにしたことによって、頭の形や顔の輪郭が明確になり、それまで隠れていた彼女の幼い顔立ちが強調されていた。自分がこれまで維持してきた自分のイメージとはかけ離れた姿になってしまったことに対してのショックもあった。思っていたよりも短く切られた髪を確認して、あまりの変化に戸惑い、茉莉は、自分がおかっぱ頭になったことを受け入れることができなかった。長い髪が自分のアイデンティティだったのだ。髪の毛がなくなったことで、自信を失ったように感じた。茉莉は恥ずかしい気持ちになり、急いで支払いをして美容室を後にした。

消えない後悔

外に出ると、髪が揺れる感覚がなく、髪の毛のない襟足が冷たく感じられた。歩き始めると、風が吹くたびに、頭がスースーと冷たくなる感覚に襲われた。茉莉は美容室を出てから、ひたすら地面を見つめながら歩いていた。周りを見回すこともできず、自分自身に向けられた視線を感じることが怖くてたまらなかった。
心の中で、何度も「切らなければ良かった」とつぶやいていた。どうしても、昔の自分のイメージが頭に浮かんで、自分自身を見失ってしまったような気がしていた。それまでの長いロングヘアは、自分自身の象徴であり、強さの象徴だった。しかし、今のおかっぱ頭は、不安の象徴に過ぎなかった。これから先、こんな髪型で人前に出ることになるのかと思うと、気が重かった。

茉莉は人通りの少ない路地を歩きながら手の平でおかっぱ頭になった髪を撫でた。指先に触れる髪の毛は思ったよりも短く、以前のように柔らかさや重みを感じられず、軽くてスッと途中でなくなってしまう。ロングヘアの時には感じられなかった頬に切り揃えられた髪が当たってくすぐったく感じられた。耳の後ろに触れる髪が少ないことが不思議な感覚を与えた。前髪を触ってみると、触り心地が全く違うことにも気付いた。そして、彼女は後ろに手をやった。そこにはバリカンで剃られた部分が残っていた。ジョリジョリとした触感が恥ずかしさを呼び起こした。周りの視線を気にしながらも、髪型に慣れるために自分で髪を整えた。手に触れる髪の感触に、茉莉は改めておかっぱ頭になったことを実感し、深くため息をついた。校則で強制的に髪を切らなければならなかった屈辱と、これから3年間おかっぱ頭で過ごさなければならない残酷な気持ちが交錯して胸の中で揺れ動いていた。

「どうして、こんなに短くしたんだろう…」という疑問が頭をよぎり、悔しさがこみ上げてきた。でも、もう遅い。切った髪はもう戻ってこない。長い間大切に伸ばしてきた髪が一瞬で無くなってしまったことで、今までの自分がいなくなってしまったような、寂しい気持ちになった。
手が自然に頭に伸び、髪を何度も撫でてしまう。短くなった髪の先を指でつまんで、思わず恥ずかしくなる。髪を触るたびに、切られた髪の長さに違和感を覚えた。自分の髪型に慣れるまで時間がかかるだろう。考えれば考えるほど、どんどん情けない気持ちになっていく。今まで自信を持っていた髪は、もう二度と戻らないのかと思うと、悲しさが込み上げてきた。だけど、その瞬間に、なんとか思いとどまって自分に言い聞かせた。
「もう遅い。切られちゃったんだから仕方がない。」
茉莉は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。もう髪は切られたし、もとに戻すことはできないのだ。彼女は自分が昨日までの自分ではないような気がしてきた。今までの自分とは違う、新しい自分と向き合わなければならない。そんな考えが頭の中を駆け巡った。
「何でこんなことになっちゃったんだろう…」いくら考えても、答えは見つからなかった。ただ、自分が後悔していることだけは、確かだった。

エピローグ

茉莉は美容室からの帰る間ずっと、変わり果てたおかっぱ頭に恥ずかしい気持ちを抱いて歩いていた。そんなとき、後ろから声をかけられ、振り返ると、密かに想いを寄せていた幼なじみの雄斗がそこに立っていた。茉莉は一瞬目を疑った。雄斗の頭を見ると、丸刈りにされていた。
「雄斗くん、髪……」
「ああ、俺も今日髪を切りに行ってきたんだ。バリカンで丸刈りにされちゃったよ。校則だから仕方ないけど恥ずかしいよ。こんなに短くされると、ちょっと慣れないんだよね」と雄斗が話し始めた。
「私もさっき美容室で髪を切ったんだけど、こんなおかっぱ頭になっちゃって……」と茉莉がつぶやくと、雄斗は同情の表情を浮かべた。
「校則で髪を切るのはつらいよね」と雄斗が言うと、茉莉はうなずいた。
「うん、本当に辛かった……。」
茉莉は雄斗を見つめた。雄斗の丸刈りの頭が、何となく新鮮で少し大人びて見え、思っていた以上にカッコ良かったことに気づいた。
「でも、似合ってるよ、雄斗くん」と茉莉が言うと、雄斗は赤くなって照れ笑いした。
「えっ、そうかな?」と雄斗が答えると、茉莉は「うん、本当に」と再度言った。
「ねぇ、ちょっと触っていい?」と茉莉が聞くと、雄斗は戸惑いながらも「いいよ、触ってみて」と答えた。
茉莉は雄斗の頭を優しく撫で、丸刈りの感触を確かめた。雄斗の頭はジョリジョリしていて、清潔感があって触り心地が良かった。
「なんか、新しい雄斗くんって感じがするね」と茉莉が言うと、雄斗は恥ずかしそうに笑って、「ありがとう、茉莉」と答えた。
「茉莉のおかっぱ頭も、かわいいと思うよ。よく似合ってる」と雄斗が優しく微笑んで、茉莉に向かって手を伸ばし、軽く頭を撫でた。
茉莉は少し固まってしまったが、雄斗の手の温かさに少しずつ緩んでいく感覚があった。彼の手はとても優しく、頭を軽く撫でられるだけで安心することができた。
「雄斗くん、ありがとう。でも、私はもっと髪が長かった時に撫でてほしかったな…」と茉莉は小さくつぶやいた。
雄斗は微笑みながら、茉莉の言葉を聞いて、彼女の気持ちがわかるような気がした。
「俺も丸刈りになったのショックだったけど、茉莉が元気になってくれたらうれしいよ。」
茉莉は雄斗の優しい言葉に少し照れくさくなりながらも、胸の奥に嬉しさを感じた。彼女は自分が抱いていた不安や悩みを少しずつ解消し、新しい学校生活に向けて前向きな気持ちを取り戻していた。二人は自然と笑顔を交わし、ほんの少しだけ距離が近づいた気がした。

そんな中、茉莉の耳には遠くから桜の花びらが舞い落ちる音が聞こえてきた。春の訪れを告げるかのように、その音は茉莉の心に優しい風を運んできた。

「春だね、桜が綺麗だよ。」

雄斗が微笑んで言うと、茉莉は静かにうなずきながら、新しい季節と共に自分自身も少しずつ変わっていくことを感じた。そんな彼女の表情に、雄斗はやわらかい眼差しで見つめていた。

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