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【ショートショート】時間よ止まれ

時間よ止まれ


俺は悩んでいた。
この人生最大のチャンスをどう活かそうかと・・・

「ねぇ、気持ちは分かるけどさ、そろそろ決めて欲しいんだけど」

「もう少し待ってくれよ、折角なんだからさ」

「あぁ~あ、変な人に拾われちゃったなぁ・・・」

俺は一カ月前、海で奇妙な形の壺を拾った。
下の方はでっぷりと太く、上に行くほど細くなっている、まるでアラビアンナイトの物語に出て来そうな奇妙な形の壺。

何処(どこ)からか流れ着いたであろうその壺には、硬く栓がされており、封印のような紙が貼られていた。

「まるで、魔人でも出て来そうな壺だな」

俺は壺を振ってみたが、壺は軽く、音はなく、まるで中身が入っている様子はない。

今度は栓を抜いて、中を見ようと壺の口を覗き込んだ。
すると、その途端、壺の中からモクモクと煙が出始め、なんと、本当に魔人が現れたのだった。

「初めまして、ご主人様。
壺の封印を解いて下さり、ありがとうございます」

壺から出てきた魔人は、身の丈(みのたけ)が2メートル程、
全身が青く、胸板が厚い、本当に物語に出て来る魔人そのものだった。

「まさかとは思ったけど、本当に壺の中に魔人が入っていたなんて。
でも、そうなると、ひょっとして・・・・」

俺は魔人に驚きながらも「物語と同じだったら・・・」と、淡い期待を抱いて魔人を見た。

「封印を解いて下さったお礼に、あなたの願いを一つ叶えて差し上げましょう」

という魔人の言葉に俺は思わず
「やったぁ~!」
と喜びの声を上げた。

俺の予感は正しかった。
やっぱり、この壺は物語に出て来る壺だった。
そして、俺に人生最大のチャンスが巡って来たのだ。

しかし、俺は直ぐに我に返った。

「あれ? 願いは一つなんですか? 三つじゃなくて?」

「え? 三つ?
どうして三つなんですか? 願いは一つですよ?」

「でも、物語では三つですよ」

「物語? 何の話ですか?」

「いや、何でもないです」

そこまで物語と一緒ではなかったか・・・
少々残念ではあったが、でもまぁ、たとえ一つでも、願いを叶えてくれるのなら有難い。

そんな俺を見て魔人は言う

「さぁご主人様、なんなりとお申し付け下さいませ。
願い事は何でもよいですよ。
世界の王になりたいですか?
使いきれない程の財宝が欲しいですか?
それとも、永遠の命を望みますか?」

魔人の提案は、どれも魅力的だった。
だが、「一つだけ」となると、何を願えばいいのか悩んでしまう。

「待ってくれ、もう少し考えさせてくれないか、
あ、でも、今の『待ってくれ』というのは、その、願いという訳じゃなくて・・・」

「分かってますから、大丈夫ですよ。
そんな姑息な事はしませんから、安心してください」

「あぁ、よかった・・・」

でも結局、俺はその日のうちには決められず、一旦、魔人と共に自宅のアパートに帰って、じっくりと考える事にした。

しかし、それから一カ月たった今でも、俺はまだ願いを決められずにいた。

「ねぇ、もうお金でいいんじゃないの?
ほら、お金があれば大概(たいがい)の事は出来るしさ」

壺から出てきたばかりの頃、俺の事を「ご主人様」と呼んでいた魔人は、一カ月の間に、すっかりだらけ切ってしまい、もう、敬語すら使ってくれなくなっていた。

「でもさ、沢山のお金があっても、病気ですぐに死んじゃったら勿体ないじゃない」

「いや、それは分かるけどさ・・・
それなら、永遠の命にすればいいじゃない」

「でも、永遠に命があったって、お金がなかったら辛いだけじゃないか」

「もう・・・」

「あ、そうだ
明日、大切な取引があるんだった。
朝9時に取引先の会社に行かなきゃいけないから、今日はもう寝るよ」

「はいはい、そうですか。 じゃぁ、おやすみなさい」

「明日、もし時間になっても、俺が寝てたら、起こしてくれない?」

「それが望み?」

「いやいや、危ない危ない、そういうのは望んでないから」

「あぁ、そうですか・・・ですよね・・・」

「まぁ、近いうちにちゃんとお願いするから、もう少しまっててよ」

そう言って、俺は眠りについた。
そして翌朝

「あぁぁぁもうこんな時間だ! 9時まであと5分しかない!」

「そりゃ、目覚ましが鳴っても起きないからだよ」

「知ってたなら、起こしてくれても良かったじゃないか」

「そういうのは望んでないって、君が言ったんじゃない」

「そりゃ、そうだけど・・・・あぁ、このままじゃ取引がダメになっちゃうよ」

「そりゃ寝坊したんだから、仕方がないでしょ」

「そんな事分かってるよ、あぁ、でもどうしよう」

「もう諦めたら?」

「そんな訳にはいかないんだよ、どうしよう・・・
あ! そうだ!
ねぇ、魔人。 時間を止めてよ、出来るでしょ?」

「時間を止めるの? そりゃ出来るけど・・・」

「じゃぁ、頼むよ、このままだと俺、会社をクビになっちゃうんだよ」

「分かったよ、じゃぁ、時間を止めるね。
むにゃむにゃむにゃ、ほい!」

魔人が呪文を唱えたその瞬間、部屋の目覚まし時計が8時59分で止まった。
腕時計も見てみたが、やはり8時59分で止まっている。

「時間が止まっている・・・すごい」

「これで、取引には間に合うから、ゆっくり用意しなよ」

「ありがとう、助かったよ」

「これで、もう君とはお別れになっちゃうから、最後に取引先の会社まで連れて行ってあげるよ。 これはサービスね」

俺は安心し、時間の止まっている世界の中で、ゆっくりと身支度を整えた。
その後、魔人の魔法で一瞬のうちに取引先のドアの前に移動した。

「さぁ、これで約束は果たせたね。
一カ月は長かったけど、案外楽しかったよ」

「うん、ありがとう。 俺も楽しかったよ」

「じゃぁ、時間を動かすね」

そう言って、魔人は軽く呪文を唱えた後、姿を消した

そして魔人が消えた後、腕時計の針が8時59分から、再び動き始めた。
俺は扉を開けて取引先の会社へと入る。

部屋では取引先の部長が俺を出迎えてくれた。

「おはようございます。 いやぁ、時間ピッタリですね、流石です」

「いえいえ、それ程でもありませんよ」

「それにしても、大変だったでしょ。
しかし、よくここまで来れられましたね」

取引先の部長は、なんとも不思議な事を言い始めた。

「どういう事ですか?」

「え! ご存じないんですか? 今、世界中がパニックになってますよ」

部長の話によると、世界中の時計が一斉に動かなくなったというのだ。
アナログ時計も、デジタル時計も、パソコンやスマホの時計も全て動かなくなってしまった。
当然、時間制御のシステムは停止し、電車やバスなどの交通機関も全てストップした。

「魔人のいう『時間を止める』って、そういう意味だったのか」

時間の止め方については、俺のイメージとは違っていたが、魔人のお陰で、なんとか無事に取引を終える事が出来た。
会社を出る頃には、電車も少しずつ動き出しており、俺はどうにかその日のうちに自宅のアパートに帰る事が出来た。

アパートの部屋に入り、灯りをつける。
魔人がいなくなった部屋は、やけに静かで、少し寂しい感じがした。

部屋で一人、遅めの夕食を食べながら、テレビのニュース番組を見る。
まだパニックの続く世界の様子を画面で見ながら、俺は魔人の事を想い出していた。

「あぁ、お金にしておけば、会社をクビになっても良かったんだよなぁ・・・」

終わり

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