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生と死とジレンマのENHYPEN(前編) ─ Memento Mori ─


それは予告なしに訪れた真夜中の太陽。


9月17日0時。
待ち望んだ完全体ENHYPENの姿に安堵したその夜、眠りにつこうとするENGENEを不意打ちの「Intro:Whiteout」が叩き起こした。


眩むような日差しと鮮やかな海の色。疾走感のあるサウンド、自由を楽しむ雄叫びみたいなコーラス。しかも、

「世界で最も幻想的な島の前に立っている」
「この島の宝を手に入れるには」


なんていう台詞はワクワクする冒険への船出を感じさせた。

なんだなんだ、今回は宝島か?
それとももしかして海賊か?😍

若干不安になる映像やフレーズがあったような気もするが、この際いい。きっと冒険に出るんよな? 早く行こう行こう!



そして迎えた9月23日、
どういうわけか画面にはシャーシャーゴロゴロいう怪物が現れて、この日から私の方が地球をぐるっと回らされることになった。

SCYLLA、CHARYBDIS、ODYSSEUSと3種のコンセプトが出そろうまでの約10日間で、一体何が起こっていたのか。
よかったらちょっと聞いてください。


SCYLLAに潜んだ警句
「メメント・モリ」(死を想え)

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9月24日にSCYLLAのコンセプトフォトが公開されると、その常軌を逸した美しさに打ちひしがれつつ「バロックだなぁ!」と思った。


バロックは16世紀末~18世紀中頃のヨーロッパで流行ったスタイルだ。芸術にしろファッションにしろ、それまで主流だった調和重視のルネサンス様式に比べ自由躍動感にあふれ、ドラマチックなのが特徴。

絵画の世界では、表現が大げさで生々しいことや明暗のコントラストがポイントで、彼らの背後にある絵なんかはまさにそれだ。SCYLLAコンセプトが持つゴージャスな雰囲気陰影の強さは、バロックの感性にぴったり重なって見えた。

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ついでに調べてみると、長髪レースの襟、金襴、大ぶりで過剰装飾気味のジュエリー、リボンや花をモチーフにしたアクセサリーなど、細かい部分まで当時の流行を意識している。
ずいぶんこだわってるんだな…。


やがてはたと気づいた。
そういえば「Intro:Whiteout」に繰り返し楕円形が出てきてたじゃないか。

うねり楕円形はバロックを象徴するデザインのモチーフだ。
多面カットの宝石水晶のシャンデリアヴェルサイユ宮殿の鏡の間ができたのもこの時代。イリュージョン(錯覚、幻影)が特徴的なテーマでだまし絵がよく描かれた。
なんだか、関係ありそうなものがあちこちに隠れてないか?

何の符号だろう、これは。
バロックに注目しろと言ってるみたいだ。

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…あれ?考えてみたら、
バロックの時代ってそもそも

さんざん私がBORDERで追ってきたシェイクスピアの時代の続きじゃない…?(気づくの遅w)


やがて陰鬱なムードのSCYLLAコンセプトフィルムが公開され、いよいよ察したのだ。
中世からの流れが途切れていないと仮定すると、
この空虚な感じ、揺れる炎…
ある者は直視し、ある者は目を背ける何か…



そうか、これは「メメント・モリ」だ。

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『死の舞踏』
(Michael Wolgemut/1493年)



メメント・モリはラテン語で「死を想え」を意味する警句。古代には「限りある生を楽しめ」というニュアンスで使われていたが、中世ではペスト(黒死病)の流行をきっかけに違った意味を持つようになる。


ワクチンなど存在せず、人口の半分が命を落とす地域もあった時代だ。黒く変色した体で苦しみながら死んでいく隣人の姿に、人々は半狂乱になるしかなかった。

恐怖のあまり集団ヒステリーを起こして踊り狂う現象が各地で起こり、それが「死の舞踏」と呼ばれるジャンルのアートを生んだりもした。骸骨(死神)が職業身分を問わずあらゆる人を踊りながら墓場へ導く様子を描いたものだ。

教会はメメント・モリを用いて「誰もがいつか必ず死ぬ。現世の富や名声は空虚である」と強く説き、人々は天国に思いを馳せた。
つまりメメント・モリは、人生の儚さを謡う言葉へと変わったのだ。

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『ヴァニタス』
(Pieter Claesz/1630年)


パンデミックの終了とともに訪れたバロック芸術は、そうした精神を土壌に育った。
16~17世紀には「ヴァニタス」(vanitas:ラテン語で空虚の意)を主題とする静物画がよく描かれたが、これらの絵では、豊かさを象徴する静物の中に死のシンボルが紛れ込んでいる。

たとえば、確実な死を表す頭蓋骨のほか、人生の短さや儚さ、衰退を意味する時計砂時計燃え尽きそうな蝋燭熟れすぎた果実シャボン玉貝殻を吐くパイプランプ枯れかけた花楽器などがそう。


あれ?と思った人もいるはず。
そう、ENHYPENの写真や映像、あるいはステージに、これらのシンボルが登場することは少なくないからだ。

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そんな要素を見るにつけ、あーまた入ってるな、と思いつつスルーしてきたのだが、今回はどうやらちゃんと向き合わなければいけないようだ。


そうした目で今回のSCYLLAを見ると、髑髏こそないものの、明確にメメント・モリの「現世の富や名声は空虚である」を視覚化していると思う。

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バロックはいわばポスト・パンデミック時代のムーブメントだ。現代でも再びメメント・モリをテーマにした動きが各分野で起きていることを考えると、もしかすると私たちは今、当時のヨーロッパの人々の精神状態ともっとも近いところにいるのかもしれない。

パンデミックを通じて、死が日常に潜むことを痛感させられた私たち。自分だけは大丈夫、そんなわけはない。ではどうする。

見なかったことにするか、それともいつか来る死を自覚して生きるのか。

What Do You Think?

今回の裏のテーマはどうやらそういうことのようだ。


舞台はヨーロッパから
まさかの中米へ


SCYLLAにメメント・モリが隠れていることは理解したが、あとの2形態がどんな世界観でくるか見当もつかないでいたとき、たまたまtwitter友達のnicoちゃん(@MoonLiz9)とこんな話になった。

彼女はもともとカムバをメキシコ死者の日(11月1~2日)と予測していたそうだ。

根拠は「BORDER:CARNIVAL」活動期に死者の日を連想させる演出が何度もあったこと。
たとえばカムバLIVEの背景にはメキシコ風のファブリックやギターがあり、画面全体の色使いは死者の日を扱ったピクサー映画『リメンバー・ミー』を思わせたという。

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その他にも複数の例を教えてくれたが、正直その時点では「へー、よく見てるなぁ」と感心するだけだった。
だってカムバは9月末(最終的には延期して10月12日)になったし、何しろ急にメキシコ……? ヨーロッパに固定されていた私の頭はメキシコにコネクトできなかったのだ。


だがその直後「この写真ではみんなメキシカンアクセサリーを付けていて」と1枚の画像が提示された瞬間、頭の中で風船の割れるような音がした。

なぜならそれは、私が以前からメメント・モリのメッセージを感じていた写真だったからだ。

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この写真で彼らが被っている花冠、これが命の儚さを示すメメント・モリのサインに思えた。枯れかけの花に代わる表現か、ヒスンの冠にほとんど花がない。少し前に公開されたホラー映画『ミッドサマー』のイメージも被されていそうだ。光に溢れた美しい世界でありながらうっすらと肌寒さを感じるのは、彼らの顔に生の証である表情がないせいだろう。


数分前までメキシコ説に懐疑的だったくせに、このリンクによって私の考えは180度変わった。(nico氏の眼力と直感おそるべし✨)

なんせメキシコは16世紀から19世紀までスペインの植民地だったのだ。メメント・モリの影響を受けてるに決まってるじゃないか。
とすれば…

もしかしたらCHARYBDISはメキシコで来る?

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と話したその夜、9月27日の0時。ディスプレイに映し出された景色は本当にメキシコだった(撮影地は韓国だけど)。

乾いた空気と少しレトロな田舎の風景…もそれっぽいが、ヒントは風にひらめく青いTシャツだ。これはメキシコのサッカークラブCRUZ AZUL(クルス・アズル)のもので、私にとっては十分すぎる合図だった。


そしてもう1枚、さかさまのノートに鉛筆で綴られたハングル文字。そこにはまさに求めていたメッセージが書き留められていた。

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「시간이 너무 빨리 흘러간다」
(時間がとても速く流れていく)


これこそメメント・モリにつきもののフレーズ、
「Tempus fugit」(時は飛ぶ)
当時のヨーロッパで時計などによく刻まれたラテン語の決まり文句だ。


さあ、面白くなってきた。
CHARYBDISではどう死と向き合う?



CHARYBDISが示す
「死とともに生きる」人生

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ここでメキシコの死者の日についてさっくり説明しておく。

死者の日は10月31日を前夜祭として、11月1・2日に行われる祭事だ。この期間にはあの世から死者たちが戻ってくるので、ともに楽しく笑って過ごす習わし。日本のお盆に似ているが、とにかく明るく陽気な点が違う。

各家庭にはオフレンダ(祭壇。アルタールAltarともいう)が設けられ、マリーゴールドやパペルピカド(切り紙の飾り)、カラベラ(ガイコツ)が賑やかに飾られる。他にも故人の写真、生前の好物やお気に入りの服、愛用の品などなど…。

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カラフルな装飾とマリーゴールドであふれた街なかでは、コスプレ姿の人が行き交い、華やかなパレードが繰り広げられる。人々は死にまつわるジョークを言い、しゃれこうべ菓子の額に友の名を入れて贈り、墓の周りで乾杯する。
彼らにあるのは、恐怖よりも親しみ。死はまるで、昔からよく知っている友達のようなものだ。

死者の日はアステカ時代の祝祭に起源があって、かつては収穫期の8月に行われていたという。だが16世紀にスペインから侵略されると、カトリック改宗によって諸聖人の日(11月1日)と融合した。

その時、西洋の文化とともに「メメント・モリ」の思想もメキシコへやってきた。だがここでは、死者の魂を尊重する先住民族の教えと結びつくことでヨーロッパとはまったく違う解釈が生まれる。

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メキシコの人々にとっての「死を想え」、それはすなわち死を人生の一部と認識することだった。
生きていれば誰にも必ず訪れる死。両者はひとつの繋がりであって切り離せないものだ。ならば生と同じように死も楽しもう、というわけ。

死者の日は、メキシコの人々のそんな死生観がよく表れたイベントだ。亡くなった人たちだってお祭り騒ぎで迎えてもらった方が嬉しかろう。
久々の再会を喜ぶ生者と死者が、ともに酒を飲んで笑い合う……

それ……
楽しすぎて、本当に死者が混じってても誰も気が付かないんじゃ……?


生と死の境が曖昧になる「死者の日」
あと数日したらその日が来るけれど、どうもイプニ界隈で何か起こりそうな予感……。


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さて、CHARYBDISのコンセプトビジュアルを見てみよう。
景色は生命力に満ちた夏の屋外。SCYLLAとはまったく逆の手法でメメント・モリを表現していることに気づくだろうか。

まず彼らの背景で黄色く咲き乱れるのはグロリオサ・デイジーという北米東部原産の花で、メキシコでもよく見かける品種だ。これが枯れかけた頃を見計らって撮影するところがまさにメメント・モリである。
(てか事前にわざわざ種まいたんかな…)

また、彼らが網で捕まえようとしているのはかもしれない。
ヨーロッパでは古くから蝶には死者の魂が宿るとされ、キリスト教では再生・復活のシンボルとして扱われている。これもまたメメント・モリなパーツだ。


さらにこちら。

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マグショットにも、賞金首の手配書にも見えたこれらの写真だが、こうなると祭壇に供えられた写真のように思えてくる。(多分どれも正解)

そもそもアルタール(オフレンダ)は、故人を偲ぶためにその人の職業や趣味にまつわるアイテムを供えたりする場所だ。

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たとえば音楽が趣味だった故人にはレコードや楽器を、読書好きだった故人には愛読書を。絵を描くのが好きだった人、生活係だった人(?)…アルタールには「その人らしさ」が集まる。
個性を前面に出した個人写真がCHARYBDISに多いのは、これに絡めているんだろう。

こうした視点で見ると、部屋で眠る姿の写真だってそのままには受け取れない。死が身近であるCHARYBDISの世界では、あんなに絶望的だったSCYLLAよりもはるかに濃く、どこからも死のイメージが漂ってくる。
きわめつけは、最後にアップされたこの2枚だ。あからさまに墓石と十字架を示している気がするが、どうだろう。

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なんだかんだと、死や幽霊にまつわるネタが多いCHARYBDIS
こうした演出はきっと、何かの企みに由来していると思う。

一体何を企んでいるのか?

おそらくそれは、今回の活動期間中に訪れる死者の日を待てば明らかになるのではなかろうか。

なにせDARK MOONの副題が「The Blood Altar」だしな…

(※注・何もなくても責任は負いません)



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さて、
死への恐怖と諦念を、文化芸術に昇華させたヨーロッパ(SCYLLA)。
死を受け入れ、身近に置いて穏やかに見つめるメキシコ(CHARYBDIS)。

同じメメント・モリから派生しつつ、違う場所で、違うベクトルを持って育った2つの価値観。どちらにも共感できる部分があり、間違いなどない。

ただしどちらをとっても、絶対に動かしがたい事実がある。
それは「人生は短い」ということだ。

さあ、3つめのコンセプトはODYSSEUS。
9月30日から10月2日までの残り3日間で、
私たちはHYBEとENHYPENから壮大なメッセージを受け取ることになる。


(後編へ)

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<今回のスピンオフ>


まだコンセプト段階ですよね…本番これからですよね…? と何度も問いながら追った濃ゆい「SCYLLA or CHARYBDIS」。 なっがい記事になったが、それでもこぼれたネタがいっぱい。。その中から、後編に繋がる重要な話を2つ伝えておきたい。なお、これらは「DARK MOON」の物語にも大いに関係あるはずだ。

①バロック美術の「イリュージョニズム」

イリュージョニズムとは立体感や奥行きに錯覚を与える表現技法のこと。バロック美術の特徴であり、当時は宮殿や聖堂の天井などにだまし絵が盛んに描かれた。革新的な鏡の製造技術を得たフランスではヴェルサイユ宮殿に「の間」が誕生。向かい合う鏡の中で空間が無限に広がる現象もまた時代を代表するイリュージョンだった。今回のアルバムにおける重要なキーワード。

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★実はODYSSEUSアイコンと曲名のハッシュフラッグもだまし絵の関係にあるという事実…!
(スーパー眼力の持ち主、nico氏提供)


②メキシコの独立

当初9月末に予定されていたカムバは、スペインがメキシコの独立を認めた1821年9月27日に関連した日付だった可能性がある。理由は後編にて述べるが、これも今回の活動のテーマに関係ある話。なお、リスケ後の9月27日にはCHARYBDISの写真が公開された。この中でメンバーが「自由を象徴するピレウス帽らしきもの」を被っている、という投稿を見たが、まさしくその通りと思う。メキシコで実際に被られたのは同様の意味を持つフリジア帽(フリギア帽とも)で、スペインから独立した19世紀には8エスクード金貨の図面にも描かれている。

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♡ お付き合いいただきありがとうございました(T_T)
 スキしてもらえたらイプニみくじが引けます ♡

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