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ダイアリー 19/04/20

焼りんご

実家に帰って母に焼りんごを作ろうかと思っていた矢先、体調がわるくなってしまって結局母に作ってもらってしまうことになった。

いつまでも体が弱くて、心が弱くて普通の暮らしができなくて悲しくなる。
一人で生きていけるようになりたくてフルタイムで働けるようになりたいのにどうしても心も体も辛くて苦しくて私は何もできないのだと悲しくなる。

虚弱体質、というのか。
わからないけど今日は頑張ったから明日はもっと頑張れると思うとダメだったり雨が降ると気圧でダメになったり悲しいことがあると苦しくなってダメになってしまう。
そんなダメな自分が嫌いで生きてても仕方ないよねと思ってしまうことのほうが多い。
体質だから努力してなんとかなるとは限らんのだけど。

でも、(人間として)大好きな人が大好きだと言ってくれる私を私が好きになれない。
私のこと嫌いなまま私は私とずっと一緒に生きていかなくてはならない苦しさを抱えて生きていくのはいやなのだ。
多くなくていいから少しでいいから自分を愛したい。
大好きな人の好きな人を好きでいたい。

焼りんごを食べているとき、母伝てに小中学校時代の友人(と呼びたい人)が第二子を妊娠してることを知った。
その友人はすごく可愛くてシングルマザーの母を支え弟の面倒も見ていたしっかり者。
中学生のときはギャルっぽいグループにいたからかよく怒られてたけど何かあったときは私の味方でいてくれた。

そんな彼女が初めて私の実家に来たとき母が焼りんごを振る舞った。
私が母の焼りんごの素晴らしさを彼女に語った時、ぜひ食べてみたいといってたので母に聞いてみたら喜んで作ってくれた。
彼女は母の焼りんごを口にした瞬間、目を輝かせて「おいしい」と。本当に美味しそうに話す。
レシピを教えて、と言われたので母が(精神病を治す薬のせいで)震える手で紙に書いて手渡した。
あれから何年だっただろうか。
私はあの子のあの時の顔以上に美味しそうに食べる顔を見たことがなかった。

ふと思う。
彼女はまだあのレシピを持っているだろうか。
それを子供に作るのだろうか。
彼女の子はどんな表情で焼りんごを食べるのだろうか。

そんなことを考えられる自分のことは
ほんの少しだけ好きだと思えた。

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二葉めろ

プティ・フール

ブログ的にかいてるものです。コーヒーのお供に。
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