朝の通勤電車にて(1)

 現職に転職する前は、家から職場の最寄り駅までは2駅、そこから会社の送迎バスでした。乗る方向も、朝は下り、夕方は上りと通常の通勤客と逆方向でしたので、吊革につかまって立ちん坊、と言うこともほとんどありませんでした。

 現職に就いてからは、今度は毎日片道一時間以上ラッシュの通勤電車に揺られる毎日になりました。帰りはほぼ必ず座れるのですが、朝は最低40分ほど吊革につかまって立っています。しかし、おかげでじっくりと好きな音楽を聴いたり、スマホで電子書籍をチェックしたりすることが出来るようになりました。また、同様に窓の外を眺めながら思索にふけることも度々出来るようになりました。

 そんなある日、ふと、前の座席を見ると、40歳代くらいの男性が何やら作業をしていることに気づきました。図書館から借り出されたと思われるハードカバー本をひざの上に広げ、一行一行指で確認しながら、左手に持ったスマホを操作して、画面に表示されているどこかの地図をどんどんスクロールしていました。
時々、スマホの画面を切り替えて、メモ帳アプリにメモをしているようでしたが、すでに2スクロール分くらいはびっしり文字で埋まっていて、字が小さくて内容はわかりませんでしたが、かなり真剣に何やら文章を書いているようでした。

あまりに真剣に、かつ、急いで作業を進めているように見えましたので、吊革につかまって見下ろしながら、何を調べているんだろうと見ていたのですが、ある瞬間にこの男性がハードカバー本のページをめくった時にやや大きめのゴシック体の小見出しが読み取れました。そこにはこう書かれていました。

ムッソリーニは外交交渉を望んでいた。

これだけで、この男性が何について調べていたのか、なんとなくわかるのですが、今、この時期に、このような内容の調べ物をする人って、どのような職業の人なのでしょう。
大学の先生でしょうか。
戦記物を専門とする作家でしょうか。
シナリオライター?
雑誌の編集者?

そんなことをつらつら考えている間に、この男性にとって目的の駅に到着したらしく、慌ただしく鞄に資料を詰め込んであたふたと電車を降りて行ってしまいました。

この日は、朝からなかなか面白いモノを見学しました。

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