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お花見が嫌い

身も蓋もないタイトルで恐縮だが、そう、私はお花見というものが嫌いだ。もう何年もそういう場には参加しておらず、具体的に嫌な思いをしたという訳でもないのだが、今でも誘われそうなときにはなるべく気配を消しているし、職場で自分ひとりが誘われなかったとしても、助かったという思いこそあれ、寂しいとは絶対に思わない自信がある(嫌われているとしたら嫌だが)。

断っておくと、ここでいう「お花見」とは、桜の下にシートを敷いて、お弁当を食べたりお酒を飲んだりするあのイベントのことである。桜そのものが嫌いなわけではない。とにかく、あのイベントに参加したくないのだ。

何がそんなに嫌いか。

まず、だいたいにおいて、お花見というのは「寒い」。よほど気候がいい年はそうでもないのかもしれないが、多くの場合はまだ上空に寒気が残っていたりして、風がふくたび、太陽が陰るたび、凍えるような思いをすることになる。夜桜ともなればなおさらだ。普段でも人より体感温度が低く、ヒートテックなしでは冬を越せないような私が、なんでわざわざそんな寒い思いをして桜を見なければいけないのか。

しかも悪いことに、大抵はお酒を飲んでいる。お酒を飲んで、酔っていたり、火照っていたりするから、体感温度はさらに下がる。そして私はお酒にも弱い。弱いから、飲むほどに、時間が経つほどに眠くなり、気持ちが悪くなり、飽きてしまって、家に帰りたくなる。じゃあ帰ればいいというものだが、お店と違って、お花見は2時間で席を追われることもなく、閉店することもないから、帰るキッカケが掴みづらい。お花見に来ている時点で暇なのだから「用事がある」というのも嘘っぽい。何よりお花見はだいたいお昼頃から始まっているので、最強の切り札である「終電」カードも全く役に立たない。なるべく早く切り上げたいという私の思いは、桜の花びらが散るたびにまたひとつ、涙と笑顔に消されていくのである。そしてまた大人になっていくのだ。

と、ここまで書いてみて気がついた。私がお花見を嫌いな理由に、実は「桜」はいっさい介在しない。「寒くて」「長くて」「帰れない」ことが大きな理由なのだ。もし全天候型のドームの中に天然の桜が咲き誇っていて、そこにテーブルと椅子があり、2時間制で入れ替えになるお花見があれば、私のお花見嫌いも解消されるかもしれない。それならゴミが散らかったり、景観を損ねる心配もない。大阪ドームの隣に「おお咲かドーム」みたいなものを作ってくれれば、私だってお花見を楽しめるのに。そんなことを考えながら、いつもこの時期を過ごすのである。

ところで今年は、まだ満開にはもう少し時間がかかりそうですね。

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