小説「ルビーシネマの青春」 葵ホッピー 著

※この小説は、Amazon×よしもとクリエイティブ・エージェンシー「原作開発プロジェクト」2018で「優秀賞」をいただいた作品です。kindleで販売もしていますが、こちらのnoteにて全文公開します。


 これは千駄木にある小さなフィルム映画館「ルビーシネマ」館長・桐野優と、その孫娘・桐野未空の物語である。

※この物語は全てフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

プロローグ

 2017年、東京都文京区千駄木。

 千駄木駅から8分ほど歩いたところに、70歳を過ぎた私のおじいちゃん、優(まさる)が経営する小さな映画館がある。席数はわずか32席。全国で100軒を切ったと言われるフィルムと映写機を使った映画館の1つだ。

 優おじいちゃんは私が子どもの頃から毎日客席裏の薄暗い映写室に重たいフィルムを運び、汗だくになってフィルムと格闘していた。学校帰りに映写室に遊びに行くと、いつも鼻にツーンとくる汗の匂いがした。でも、私はそんな優おじいちゃんが、そしてこの映画館が大好きだった。

 カタカタと回るフィルムの音が届く小さな客席では、笑い声や驚きの声、涙と一緒に流れた鼻水をすする音が響いていた。ここに来るお客さんたちはひとたび自分の生活に戻ればそれぞれの生活があるのだろうけど、この小さな映画館に来たときだけはみんなで感情を1つにして共有していた。ここはきっとそんな場所だったのだと私は思う。

 「そんな場所だった」と過去形で言うのは、数年前からお客さんがほとんど入らなくなったからだ。

 優おじいちゃんが仕事の手を抜いているわけではない。いつだっておじいちゃんは白髪だらけになった頭にタオルを巻いて、最近ときどき痛みを覚えるようになった腰をさすりながらも、フィルムを丁寧に回し続けていたのだから。

 ただ、高校2年生の私には、空席が目立つようになった理由がはっきりとわかっていた。

 今は映画を含む「コンテンツ」と呼ばれるものの大半はスマートフォンやパソコンで見ることができる時代だ。私もスマホをもっていて、それで映画やドラマを見ることがある。それに加えて、2011年からは多くの映画配給会社がフィルムでの配給をストップし、デジタルデータ1本に舵を切ったと聞いた。だから、優おじいちゃんのフィルム映画館で流すことができる映画は数に限りがあるし、どうしても古い作品が多くなるのだ。

 デジタル化の加速、デバイスの多様化、コンテンツの氾濫……。現在、フィルム映画館にとって不利な条件をあげようと思えば、世の中のことにまだ詳しくない私でさえも、いくらでもあげることができるぐらいだ。

 でも、フィルム映画館は本当になくなってもいいのだろうか? というよりも、私の大好きだった場所が消えてなくなっても、私はいいのだろうか?

 フィルムの回る音、映写室で懸命に働く優おじいちゃんの姿、小さな客席を埋め尽くす笑い声。これらが世の中から消えようとしている現実がここにある。

 私にできることは何かないのだろうか?

 何か、何か……。

   ※

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小説「ルビーシネマの青春」 葵ホッピー 著

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