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自分と向き合う時間をとる

12月に入ってから体調が悪い。12月の3週目から本格的に体調が悪くなった。いや、12月ではなく、11月から悪かったかもしれない。

どこが悪いかというと明確に言えるわけではなく、とにかく心の不調がすごいのだ。あれ、おかしいな、思うようにいかないなと思うことが増えてきた。主に仕事で。

高校や大学の友だちとたまに会うと近況報告で仕事が恋愛のことなどを毎回はなしたりする。仕事はどう?と聞かれた時に「いますごく忙しい」とストレスたっぷりの顔を言うと「それ半年前に会ったときも言ってたよ〜笑」と言われた。ちがう友だちにも「1年前も忙しくて大変だって言ってたじゃん」と言われた。

12月の3週目、仕事をするときに限って胸が圧迫されて呼吸がしづらくなってきた。なみだがでて止まらなくなるときもあった。こういうのは、今回がはじめてではなく、1年に1度くらい起こっていて、ひどい時は1週間ずっと泣きながら仕事をしていたこともあった。その一番ひどい時の波が超えたあとに冷静になって、なんで私は泣きながら仕事をしているんだろうか?今後こういうことが起こりそうになった瞬間に安易に心療内科に行って休職書を勝ち取ってやろうと心に決めた。

11月、なみだが出るまでにはいかなかったけど、あ〜ちょっとメンタルが落ち込んできてやばいかもなという時期があったので、まあ以前安易に行こうと決めていたしということでメンタルクリニックの予約をした。その時は緊急性が高いものではなかったので、予防ということで「じゃあいろんな心理テストして自分のストレスになっているものとそれをどう対処していくかの判断材料にして行きましょう〜」という医師のすすめに対し、「お、いいっすね」となって合計1万6500円の診断パッケージみたいなのを受けようという気持ちになっていた。12月は韓国旅行もあって、メンタルが回復するかと思いきや、年末にかけて仕事の忙しさは増し、むしろ悪化していった。だけど12月の予約に向けてあとちょっとで病院、あとちょっとで病院と言い聞かせてなんとか耐えて病院に向かった。11月の予定では、12月の診療日は心理テストをやる予定だった。が、病院に入って診断士の方と向き合ったときに緊張の糸が切れてなみだがでて、「こんなテストをやってる場合ではないんです、もっと緊急性の高い治療が必要だと思ってるんです」ということを伝えようとしたが、若い診断士は私が泣いているのをみてオロオロし始めて「すみません、私が専門的なことを言えたらいいのですが、私は診断士で、今日はテストの予定なので….」と言われて、「あ、そういう感じですね、なんか私の方こそ取り乱しちゃってすみません」とスンッと冷静になって、言われた通りにA4の用紙に木を描いてた。絵を描きながら、いや、なんで私こんな幼稚園児みたいなことしてるんやろ。。患者の状態を見て臨機応変に対応してくれる感じじゃないのね、きついな〜と思いながら、真面目にしっかりと本格的な幹太い葉っぱふさふさ、根どっしりの木を描いて提出した。

そのあとの医者の対応も、私の状態をみて医療内容を判断するものではなく、「いや11月に心理テストやるって言いましたよね?」というテンションで、なんやかんや理由をつけながら1万6500円のパッケージを進めてきて辟易した。仕事で理論武装して戦ってるのに、なんで病院でも医者に対して「私が求めてるものはこれで、あなたがすすめてきてるものはこれです、マッチしてませんよね?」とロジックを組み立てて説明しなければいけないのか、そんな気力がないから病院にきてるのにしんどいなあと思いながら「あ、心理テストはもういいです」とだけ伝えた。そうすると、君はいま精神状態が正常ではないからコミュニケーションが成り立たないんだというニュアンスのことを伝えられて、さらに疲弊してしまった。ローゼンハン実験を思い出した。自分の価値観を信じて疑わず相手が間違っていると決めつけた言動、しかもそれを医師免許を持った医師に「お前は異常だ」というニュアンスで伝えられると、もしかしたら自分が間違っているのでは?と自分のことを信じれなくなる。病院を出てからビルがたくさん並んだ小さい空を見上げて、夜風にあたりながら深呼吸をした。限界な状況でちゃんと病院に行くという判断をして実際に行くという行動をした自分を自分自身が少しでも疑ってしまったことにまた落ち込んだし、病院の医師たちに対して出口のない憤りを覚えた。でも怒るエネルギーなど到底ないから余計に消耗した。

その日の帰り、ともだちに電話したら、すごく心配してくれて近くの病院を調べて、強制的に予約をさせられた。昨日の今日でメンタルクリニックへの不信感と絶望感で行きたくなかったけど、とりあえず休職診断書を勝ち取ってこい!すぐ出してくれそうな病院選んだから!と非常に頼もしく、本当に行く気力がなかったけど予約しちゃったし、午後休をとって行くことにした。結局その病院の医師も印象としては前日の病院と対して変わらなかった。「休職したいんですか?」と私の意思を聞いてくる。休職診断というのは、患者の状態を見て医師が勝手に「君、もう働ける状況じゃないから休みなさい!」と言ってくれるものだと思ったから、あぁどこの病院も私が休職したいです、って言わないと出してくれないのかと思った。最終営業日まで残り4営業日だったから、いま休職しても私の手持ちプロジェクトが何件もあるからみんな困っちゃうだろうなとか思って「休職がしたいかはわからないんです。」と伝えた。医師が今までも似たことはあったのか、あったときはどう乗り越えたのか聞いてきたので、ひたすら耐えてましたと伝えたら、「では今回も何もしなくても良くなる可能性もありますね」と言われた。そう言われたときに、のどの奥にグッと何が重くてゴツゴツした石のようなものが詰まるものを感じた。また耐えなきゃいけないのか、耐えたとしていつまで?私はいつから耐えているんだろう?

安定剤のような薬を出してもらって、仕事の量もかなり減らしてもらって、年内最終4営業日をなんとか乗り切った。だんだんと精神も安定してきて、自分の回復力に驚いた。ある程度の範囲で友だちにも今自分の精神状態が絶好調ではないことをしゃべった。「でも仕事以外は元気なの」しゃべるときに毎回無意識的にこれを付け加えていた。我ながら言い訳がましい。なんのための言い訳なのかもわからない。自分の状態を知ってほしい欲求はあるのに、本気で心配されないようにしてる。毎回誰かに話すときは暗くならないように明るく話す。暗くなるのが苦手だから。自分でもなにがしたいのかわからない。

手書きでノートに感情を書き出して、ペラペラ過去の感情メモをめくっていると2022年にも仕事が忙しい、自分の時間が欲しいと書いてあった。そのほかのページにも時期はバラバラだけど、雑多なメモに紛れて、仕事についてのストレスがいまの状況とほとんど同じ内容のことが書いてあった。わたしはいつからしんどい思いをしていたんだろうか。入社してからずっとしんどかったんじゃないか。回復したと思っているのは、単純に忘れっぽいのと鈍感さがあったから回復したように錯覚しているだけで、ずっと蓄積されたものの重さに心が耐えきれなくなってきてるんじゃないか。

自分がどうしたいか、自分の心がわからなくなってきてしまっている。カウンセラーにワクワクするものを見つめ直しましょう、って言われて、あれ?ここ最近何にワクワクしたんだっけ?と思い出せなかった。仕事も新しく始めたNPO団体も自分の意思と決断して始めたはず。周りに流されてなんとなく、とかではなくちゃんと自分でこうしたいと思って、選んでやっているはずのことがいつの間にか暗闇の中で迷子になってる気分だ。アイデンティティクライシスってやつなのかなとぼんやり考える。

体調的と心的にはどう考えても休職した方がいいのに、自分の持ってるプロジェクトとかメンバーの負担を考えて自分の口から医師に伝えられないのは、優先すべきことが自分の中でわからなくて混乱してるからだ。

いま心の体調が悪いことを伝えると何人かは実は私も…といろいろ情報提供をしてくれたり、サポートをしてくれる。すごくありがたい。一方で、意外と自分の身の回りに、見えなかっただけで、こんなにも多くの人がどこかしら不調を抱えて、それと付き合ったり、乗り越えたりして生きているのかということを知った。今日の大阪のカフェで隣り合った全然知らない若い二人組の女性社会人も仕事中に涙が出てくるとお互いに言っていた。心療内科を受診する数が年々上がっていると聞いてはいたけど、予想以上に自分だけじゃなくて自分の身の回りで起こっていたことにおどろいた。涙が止まらないのにはたらく異常な状況も、自分も含めて狂ってるなと思う。まわりの人から実は私もと言ってもらえることで共感して安心するけど、その人数が多すぎて、しかもそれが事実としてあるのにみようとしないとみえない世界で、ないものとして扱われる、改めて自分が狂ってる世の中に生きていることを自覚してる。

とにかくわたしの生活の多くを占める仕事のスピードが早すぎる。仕事が終わったら、エネルギーが残っていない。人の仕事をやる前に自分の時間をゆっくり作りたい。

人の気持ちには敏感で気を遣うのに、どうやら私は自分の気持ちには意外と鈍感なようで随分長いこと無視してしまっていたみたいだ。その代償がここできている。心の問題は、仕事みたいにすぐに解決できる問題ではない。ゆっくり時間をかけて、何もしない時間を作って、地道に取り組んでいくしかない。すごく大変だけど、ゆっくり自分のペースで向き合っていく。

出口が見えない、正解とかもない、ただ歩いていかないといけない道を歩いているようで心細い。


結構ヘビーめな文章、ここまで読んでくれた人ありがとう。もし同じようなことで悩んでるときがあったらわたしも悩んでるし、意外とあなたの周りにも見えてないだけでめちゃめちゃ似た悩みを抱えてる人は少なくないかもしれないってことを知ってほしい。
あとは、もしサポートしてくれるなら、アドバイスよりも気晴らしになる小説をこっそり教えてほしい。

2023年も残り1日。今年はこんな感じでわりとしんどい思いを抱えながらの年越しだけど、念願のmartin garrixも見れたし、わたしは自分であまりわかってないけど、多分ものすごく頑張ってるからこんだけしんどい思いをしてるのだと思うと、ほんとにおつかれさま、よくやったね、って感じで自分をたたえたい。ゆっくり自分のペースで大丈夫だから自分と向き合う時間を毎日増やしていこうね。おやすみなさい。

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