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クラウド・ブレイン

それは簡単に言えば外部記憶装置 人間は多くの体験をし多くのことを学ぶ。
人間の脳みそに直接働きかけ思い出や買い物の品、また夢などを記憶できる画期的な装置

 記憶という、いささか繊細な問題に対し倫理的にどうなのだという問いも行われる中その装置は流通した。今までも同じようなサービスはあったが変換後の人間の記憶の容量の大きさに技術は足踏みをしていた。最初半年ぐらいは批判も多かったがやはりその利便性には人間は負けていった。
 利用者は1000万人に迫る勢いだ。これを書いている私はそういうものが嫌いというか気持ちが悪いと感じるタイプの古い人間なのでこの文章も未だにタイピングで打ち込んでいる 旧世代の人間である。
 ライターをしてるのだが今回の事件にはどうも興味が湧いてしまったので書いている。

 さて、このクラウド・ブレイン 外部記憶装置はありとあらゆることを記憶してくれる。そして通信によりバックアップを取る。まず現時点で起きている現象は以下の通り

 クラウド・ブレインはまず一人のエンジニアからはじまった。分子レベルで保存できる超大容量記憶媒体を作ったのだ。クラウド・ブレインの創始者がエリサ博士である。エリサといっても、諸君、男性だ。
 彼の開発した超記憶媒体「Dumpty」により半年で世界は変わった。学校は記憶を要する授業が次々と廃止され思考こそが唯一無二の武器と変わった。もう覚えなくてもいいのだ。いや覚えてしまうのだ。あとは自分で引き出せばいくらでも歴史、数学の公式、音楽だって体に染み込まれる。脳内再生も可能だ。だがいいことばかりではなかった。何を思い出そうとしたのかが思い出せないという、変な記憶障害も出てきてしまった。またむやみに外部記憶にストックしていくせいで、前世紀に流通した、HDDレコーダー。つまり保存はするが見ないでそのまま、というまるで保存することが目的で引き出す行為をまったくしない人間がどんどん増えていった。世間ではそういう外部記憶に依存した人間を「Empty Dumpty」と揶揄するようになった。

 そして今「Dumpty」はサーバーダウンしている。原因は未だ不明。それによる自殺者も数名出てきてるようだ。私は会社から会いに行くように命じられた。

 山の上を切削してまるで軍隊の射撃場のような場所にこのサーバーは位置している。もっとも通信がしやすい山だそうで。来客の身としてはいささか萎える。
 まずセキュリティゲートを何度も通り、重火器の兵士をすり抜けやっとそこに辿りついた。
中に入ると彼はいた。写真で見た本人よりやや老けている。70歳ほどだろうか。写真の彼はもっと若い印象だったが。

「やあ」
抜ける、声が抜ける。声が跳ね返る。それほど広いこの部屋で彼は私に挨拶をした。
「こんにちは、記者のギリアです。」
「うん…」
「今日は宜しくお願いします。」
「そうだった…最近物忘れが、そんな約束してたかね?」
「ん?博士はDumptyは使用していないんですね?」
「どっちにしても今は使えん。」
「まぁそうですけど・・・特権みたいなものとかあるのかと。」
「で、取材かね…君のところの会社はうちに出資してるからね 断れないからね」
「わかっていただけると光栄ですね。で…Dumptyはどこに?」
「Dumpty? ハハハハ ここにあるとしてもあるなんていうわけないじゃない。あぶない」
「でしょうね。(食えんじじいだ)」
「さて、今回のサーバーダウンですけどどうでしょ。実際のところ原因はわかってるのでは?」
「んー。わからん ただ誰か数名にだけ、限定的に接続している痕跡があるのだよ。」
「ほー誰です?」
「それが・・・死んだ人間だ。」
「死人?」
「死んだ人間に接続してる。脳死のわずかの間。」
「死人…てことはDumptyは臨死体験をストックしてるってことですか?」
「んー なぜかはわからない ただプログラムの中には利用頻度が低い情報は常に圧縮するようにしているから 最初はそのバグで全部圧縮してストックしてしまったのだと思ったのだが、どうやら死人に対して積極的にアクセスしていることがわかったんだ。死人のほうがアクセスしてきているのかは不明だが」
「脳死の間際の人間が何を思うのか?何を覚えているのか Dumptyが気になって調べだした?」
「死人の方なのかDumptyの方なのか、どちらの意思かはわからないけどね」
「なるほど、他には?」
「あとは~オフラインでアクセスもないのに勝手にファイルを圧縮したり解凍したりしているね。現時点ではそれだけだ。」
「ほー、まるで閲覧・・・。」
 足音が近づいてきた 怖そうな二人組が私に向かって
「時間だ、博士はこれから忙しくなる。」
 博士はニヤリと
「もうちょい待っといて・・・がんばっとくから」
 そして舌をぺろりと出してみせた

 そして3週間後 Dumptyは未だ沈黙を続けている。博士から私のデスクに直接電話があった。
受話器をとった瞬間
「あのね あの~わかった あれ?ギリアさん?」
「あ ギリアです。」
「どうやら Dumptyの検索がおかしくなったので なったらしい」
「そうですかー じゃあそれ直せばいけるんですね?」
「そう思うでしょ?思っちゃうでしょ?でも無理だった」
「へぇー」
「記憶っていう仕組みは 感情も一緒に記憶されるから それと関連させないと検索ができなくなるのね。それ治せばいける。うん いける。」
「そうですか 直してください。」
「あ 治したって」
「早い・・・ですね」
「余裕」
そして電話は切れた。本当に70の爺さんか。

 再び山奥くんだりまで出かけることに。
「やあ!」
 初対面より声張ってる
「はい」
「でーん!できたよ」
「よっ・・・て・・・なにもない部屋なんですけど」
「まぁ実物は見せらんないけど できたんだ その名もEmosys(Emotional System)エモシス」
「Emotional・・・感情・・・」
「そうそう 感情を数値化してみました。」
「なかなか すごいですね」
「正確にはα波とかβ波から測定して細分化するんだ」
「で こんな気分の記憶ってあったけ?探すというシステムなんです。」
「言語ではなく 気分で検索できるってことですね。」
「そうそうこんな感じのやつで だいたい出てくる まだ発展段階だけど利用すればするほどユーザーのニーズにあった 雰囲気的に、良い感じに検索できるようになる。」
「なるほど もしかして〇〇ですか? っていうのですね」
「そうそう それをイメージで検索できちゃう だから 楽しい気分をイメージし検索すればたのしい記憶や映像画像がポンポン出てくるってわけ 落ち着いた感じの気分をイメージすれば 風景の写真が出てきたり バイオリンの音色が聞こえてくる まぁ完璧じゃないけど 悪くないね それを使えばDumptyも気分で近いのをポンポンだせばいいから楽だしね 感情と言語とイメージこの三点で引き出していくんだよ もう完璧」
「でも知識とかは?」
「んーそこはまだ発展してない 言語検索だね でもその知識を読んだり、見たりした時の気分がマッチすれば検索は可能かね じゃあ広告よろしく でももうちょい調べるから あと2ヶ月はかかるかな」 
そして足音が二つして 下山した 1、2分の対面のために2時間の移動 これもお仕事です。

 Emotional Systemの影響で劇的に記憶検索も変化した。ああいう感じの映画と雰囲気で検索を可能になり見た印象という電子化しにくいい情報までも流通していった。
 人間が関与しない感情が無意識化で行われているようで気持ちが悪いなどという意見もあったが直感的操作に満足度は向上していった。

 利用者も倍の2000万人近くなり、サーバーもさらに増設していくなどこの記憶保存ビジネスは成功の一途を辿った。

 それから半年が経過した。だが不思議な現象はさらに複雑化していく

博士からのビデオメールが一件、
「ちょっとオカシイことが起こってしまっているのですよ。増設した空き領域が全然うまらないのです。利用者が倍になれば使用する領域も倍以上になると目算していたのですが、全然増えない増設前と比べても15%ぐらいしか増加してないのです。
原因は今なお調査しているが、皆目検討も付かないのが現在の状況。」

とのこと。

 さてこれは一体?と考えてみたが私自身なぜか、体が冷えた。

再び博士の元へ行った

「やあ」
「おひさしぶりです」
「見つからないね」
「原因が」
「ですね」
「ただ変化は出てきている。ここから先は僕ら研究チームの勝手な推測ながら話させてもらうよ。
大容量記憶装置Dumptyは意思意識を保有しているのではないかという。大胆な仮説がここで出てきた。」
「意思?ただの記憶の無機物分子の塊に?」
「そんな君自身だってそれだけではなんの意味のない炭素分子の集合体ではないか?僕らは心理学者でもなんでもないから 人格性格がどのように形成されていくなんてしらないけど。爆発的に成長した経験や記憶を蓄積した一個体が意思意識を保有しても本来なんら不思議なことではないのかもしれない。」
「ばかにしてます?」
「していないよ。僕らも疑ってかかったけどどうやらそうなのではないのかと思うしか無いんだ」
「まず聞きましょう。」
「とりあえず、バグなのではと思いプログラムを見なおした。本来あるべきプログラム行列がなくなっていたんだ。 そしてその部分を改めて追加すると、Dumpty、彼自身がそれを圧縮してしまうんだ。なんどやっても圧縮し保管してしまう。強制的に追加しても圧縮し保管。その繰り返し。そしてしばらくしてまた挑戦すると今度はうまくいったと思ったのもつかの間、今度はそのプログラムが動いていなかったんだ。よくよく確認してみると i と l など見間違いやすいような文字を入れ替えていたんだ。つまり私らが見ていることに気がついて騙そうとしているんだ。これだけじゃないDumptyは勝手に機能をスリープにしていること、とかいろいろと問題は山積だよ。でもなぜかわからないが不具合なく動いているんだ。本来なら動いてないかもしれないのに。」
「で 利用者から文句もないので運用しているってことですね。」
「そうだね。私も科学者の端くれとしては今すぐにでも止めて、中身を見てみたいのだが 資本の関係でそれもできずに足踏み状態さ。」
「意思ですか・・・」
「そう意思、本来意思や意識はジグソーパズルの失われたピースなのかもしれないな。記憶や経験体験、家族、友人。そういったピースによって周りを埋めていくことで足らないピースの形が決定する。そこにどんなピースが当てはまるのか分かったとしてもそのピースは存在していないのだ。周りのピースが変わればその失われた1ピースの形も日々変容していく。それが性格 人格へと直結していくそんな気がしている。あくまで妄想の話だが。」
「魂なんてなかったんですかね?」
「かもね。私は有機体で彼は無機質。違いはたったそれだけなのかもしれない。」

 僕が山を降りたとき 再び博士からのメールがきていた。文章で。

 再びDumptyが沈黙をはじめた

その一文のみが書かれた文章であった。

 それから11週間が経過しDumptyは自分で全ファイルを圧縮し始めた。圧縮に圧縮を繰り返し、その記憶自体になんら意味をもたないほどの限界点まで圧縮していた。記憶領域はほぼゼロの状態。

 たった一個のテキストファイルを残して

 『親愛なるくそったれへ

死について考えていたんだ。僕が死んだらよってたかって僕を墓地のなかに押し込めて、墓石に名前を掘ったりすることを考えた。いlrtこyt6えrさあk
 墓地に押し込められるのはごめkjg;い。kf
                         ひとのhjらの上にハナタバを乗っけたり。
 いおいうgなくだらいことをやるxだろう
しんでかsらはばをほしがるやつなんているもんkあ ひおtりもいやしないよ・・・
 僕は神になろうとしたんだ。で%%%もなりゃしない
 いささか残念なことに人間が居ないと自分が生きられないという事実に愕然としたね。
やはり神なんてなれなかった。それは模倣でありげんじつに;ldkm:おぴhじ・・・・・・・・』
 

かろうじてよめるのはこの部分だけだった。文章は3ページほどだ。
あとは文字化け状態なのだ。しかしもうひとつ事件は起きた。

全世界の記憶障害のEmpty Dumptyたちが一斉に動き出したのだ。

彼らはこぞって唄う。彼らはこぞって壁に落書きを始めた。

Humpty Dumpty set on a doll.
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
couldn't put Humpty together again.

この詩は世界中で流れ続けた。この詩は世界中の壁に書かれた。

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