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光と闇

ある一つの仕事を、10人のチームで成し遂げようと、取り組むとする。
その10人は、それぞれ人生の経験をバックボーンにして、別々の考え方があるから
意見や主張はくいちがうだろう。

いろいろな人の考え方があって
「それは受け入れられない」と対立する。

自分の意見が正しいと思ってしまうから。
みんなで一生懸命に取り組めば、より良くしようとすれば、揉めて当然だ。

けれども
「皆が成功させたいと思っているんだ」
10人の中の1人だけが、そのことを確信していたら。

それぞれが、それぞれ別の考え方で、しかし、うまくいかせたいと思っていることを知っている
ひとりでも、そのことをシッカリ掴んでいるならば、上手くいくと思う。

あの意見も、その意見も全然違うけど
対極のように思えるけれど
でも、気持ちは一緒だ
と、絶対的な確信を1人が持っていることで
何故か意見が違っても
10人はバラバラにならないんだ。

その1人がみんなを
意見の齟齬を
許しているからだ。

許されている10人は、光を得ているようだ。
光に照らされているみたいだ。
意見を違えていてもいいと、安心できるんだ。

考え方や意見の食い違いという、外側に注目せずに
みんなが共有している望みを、こころを掴んでいる人。掴んでいることに確信している人。
表面的にはその功績が見えなくても、その影響は優しく大きい。

考え方や意見の食い違いを許す人が居る。

そういう職場は、クラスは、ファミリーは、光を得ている。

そして、許しているその光となっている人自身こそが1番の赦しを得ていることにほかならない。

違いを許せること、光となること、その時点でもう最大級最大限に赦されている。






自分のすべての行動を止めて静かにじっとしてみると、胸の内から焦燥感が湧いてくるのがわかる。

こんなことをしている場合ではないのではないかと焦りがでてくる。
行動したい衝動が起こる。


この焦りはどこからくるのか「なんのために焦るのか?」と問うならば
すぐに自分の抱える生活の不安が理解できる。

こんなことをしている場合じゃないと急かすのは何?
支度をせねば何?
食べなければ何?
排泄しなければ何?
連絡しなければ何?
しなければどうだというのか?

この行動のもとになる様々な不安とともに日常を生きている。


不安は宝だ。
不安がなければ、私は人として堕落する。
落伍者となる。ダメダメになる。

不安によって動かされているからこの不安をなんとも手放し難いのだ。

不安は心地よく私を動かす。
不安に突き動かされて、一日を終えると「よくやった」と簡単に思える。「頑張った」と認めることができる。


その闇の宝を手放さないから、不安は人生につきまとう。
お金があっても、筋肉と体力と健康を手に入れても、達成感を得ても、心の通じる人が側にいても、不安は無くならない。

不安は消そうとしたら駄目だ。
無くそうとフォーカスしたところが強化される。
不安という闇の存在感は大きくなるんだ。

自分のなかのチームに光を置こう。
不安はそのままに。拒絶もそのままに。
焦りもそのままに。怒りもそのままに。
恥ずかしさもそのままに。

闇をそのままにして
光を置くんだ。

生きたいと思っていることを知っている。自分が自分でありたいと切望していることを知っている。私は私の望みを知っている。
それが、光だ。
自分を赦す。
生きることを、自分であることを。

闇と光
どちらもある
優しく大きな私になる。


お久しぶりの方がおられますか。
はてなさんにコメントもらって
ドーン!と背中を押されました。

ここしばらく小説を読みまくっていました。寝食を忘れ、7月から病的にひとつのラノベを読みまくって、夢の中に生きていました。
13歳のころのようでした。

異世界物語にものすごい時間をトリップしてて大人の私は更に生きやすくなった気がします。

ファンタジーの世界にどっぷり浸かっていても、現実の世界を生きていても
どっちもなんか、同じだなあと思うような感じがあります。
ここは、こここそ、この現実世界こそ桃源郷なんだと確信してしまいそうです。
いや、遠慮して言いました。
なんか、そうだろうと思っていたことが確信したなーって感じなんです。
何ヶ月もトリップしてたかいがあります。

フワフワしている?13歳のような発言かな?
いや、じゃなくて、45歳の私は、マジで超現実的にこの世はファンタジーだと思っています。
それは、おおきな安心です。
生きているだけで、世界から愛と感謝を浴びているようです。

私は言葉が少ないので
特に家族に言葉足らずなので
1番近くて遠い娘に、全部のブログを捧げます。ママってこんな奴なんだぜ。
だから、また書きたいと思ってます。
ほんとにいつ書くのかわかりませんが。
はてなさんに感謝!


私の目から見た桃源郷世界の写真も、時々撮っています。



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