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人生で一番おいしい味、ネパールの村で食べたカレー。

先週末ネパールから一時帰国している大学の先輩Kさんと久しぶりに会った。Kさんは大手電機メーカーの人事部に務めていたが、3年で退職。海外青年協力隊としてネパールに赴き現地にて2年間活動したのちに会社を立ち上げて今後はネパールと日本を繋ぐ事業を興すという。Kさんとは大学時代に留学支援のボランティア団体で知り合って以来の付き合いになるけれど、あのころと変わらずに高い問題意識と情熱を持っておりとても良い刺激を受けた。
 
今日はそんなKさんを訪ねてネパールを訪れた時の思い出話をお聞きいただければと思います。
 
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8月11日から5日間ほどネパールに旅行へ行ってきた。いま私が住んでいるハイデラバードからはデリー経由でカトマンズまで約6時間。今回は学生時代の友人で今はJICA青年海外協力隊員としてカトマンズを中心に活動するKさんとMちゃんを訪ねに行くのが主な目的だ。ここでは旅の中で特に印象的だった「村で食べたカレー」について書きたいと思う。
 
ネパールに来て3日目の夜は、JICA青年海外協力隊のKさんが活動する村に泊めさせてもらうことになった。カトマンズ中心部からバスで1時間ほど揺られ、降りてからさらに田舎道を30分ほど歩いたところにその農村はある。ちなみに、バスといっても我々がイメージする路線バスや観光バスのような大型バスではなく、ぼろぼろのワゴン車だ。カトマンズの町の広場にワゴン車が並んだバス乗り場があり、無数に並ぶ車の中から目当ての村の方に行く車を見つけて乗り込んでいく。時刻表や行先表示なんてものは無いので、Kさんたちがいなければどのバスに乗ればよいのか私には全く見当がつかなかった。
 


そして、バスに乗って驚くのがネパールの人たちのパーソナルスペースの近さだ。通常8人乗りくらいのバンに平気で15人以上が乗り込む。日本でも満員電車ですし詰めになることはあるが、ネパールのバスで異なるのはみんなそんなにぎすぎすしていないのだ。座る場所がなければ小さな子どもが平気で知らないおじいさんの膝に乗せてもらったりしている。日本人の場合、一般的に知らない人との身体接触や距離が近くなることを嫌がると思うが、ここではみんなお構いなしだ。そのためか、これだけギュウギュウ詰めにされても、不思議と乗客の間にイライラした雰囲気はない。
 
村につくと目の前は一面の水田が広がる。ネパールに来ているというのになんだか日本の田園風景を眺めているようで懐かしい気持ちになった。8月中旬というとネパールでは雨季に当たるが、幸いにも当日は快晴。日差しが強く山道を少し歩くと汗がにじんだが、日陰にはいるとひんやりとして気持ちよい。目の前に広がる水田の若緑と青空と白い入道雲の組み合わせがとてもきれいだった。
 


村に着くと、まずは今夜泊めていただくKarki家に挨拶に伺う。玄関でよく日に焼けたおとうさんとおかあさんが笑顔で出迎えてくれた。当日は土曜日だったこともあり、大学生の娘さんも家に居た(ネパールでは土曜日が休日)。三人とも小柄ながらガッチリとした体型で、顔や雰囲気がよく似ている。遠くから見ても「ああ、家族」と一目でわかる。しかし、今回村を案内してくれるはずだった息子はどうやら外出中のようだ。玄関の前で少し世間話していると、隣の家の人がやってきてトウモロコシを置いて行ってくれた。この村ではこういうことは自然に行われているのだろう。この間の会話はもちろんネパール語。私は横でネパール語を自在に操るKさんたちに感心しながら話を聞いていた。
 


村に着いたのが昼の12時過ぎだったので玄関先での挨拶もほどほどに居間に案内され、畑で取れたトウモロコシを昼食にいただく。茹で上がったトウモロコシに塩をまぶして食べる。食べ方は基本的にあ日本と同じ。ただ、トウモロコシの身は日本で食べるものと比べて何となく粉っぽく、甘みも薄い。ここの家のおとうさんは10年以上もドバイに出稼ぎに行っていて、ちょうど2か月前に帰ってきたばかりだという。そのためか部屋にはSony製の薄型テレビやかなり旧式だがデスクトップPCもあり、家にはWi-fiが通っていたりと、村の中では比較的裕福な部類に入るのかもしれない。
 
その後で村の近くの山に散歩に出かけた。家を通り過ぎるたびに村の人たちは明るく声をかけてくれた。村全体が見渡せる高台に上ると、田んぼが青々と広がっており、遠くに目をやるとカトマンズが山々に囲まれた盆地だということがよくわかる。天気が良い日はヒマラヤまで見通せるそうだ。ただ、標高が1300メートルほどあるので、日本の盆地のような蒸し暑さはない。


 
そして、夕方になりKさんたちは町へ帰り、私だけがその家に残ることになった。Kさんたちが迎えに来てくれる明日の昼まで、私はこの村に一人で過ごさなければならない。ネパール語が話せない私は途端に不安になる。手無沙汰に居間に座っていると、おかあさんに話しかけられて、とりあえず夕食を待つまでの間に村の入り口にある共用の水場へ体を洗いに行くことになった。この水場は昼間は女性たちが洗濯をしているが、夕方になるとこうして村の人たちが体を洗いに来るという。ひとり村のはずれの田んぼの横で服を脱ぎ裸になると、蛇口から流れ出る水を手に取り体にかける。ああ、一日歩いて疲れた体には冷たい水が心地いい。それにしても、こんな青空の下で全裸になって体を洗うというのはなんと清々しいことか。


髪を洗っているころに、ちょうどKarki家の息子が友達をバイクの後ろに乗せて水場の横を通りかかった。体を洗う私を見つけると、後ろに乗って一緒に帰ろうという。私は彼らのバイクに3人で乗って家まで一緒に帰るのであった。でも、各家にはシャワーがないのでこうしてここにきて体を洗いに来るようだが、冬場や女性の場合はどうしているのだろう。聞いておけばよかった。
 
Karki家の息子は英語を不自由なく話せるので、夕食を待つ間、彼の部屋でいろいろと話をした。彼はこの2年間、父親を追ってドバイに行きオフィスビルでメッセンジャー(オフィス内で書類を届ける仕事)として働いていたという。彼が英語を使えるのもこの経験からだった。彼の携帯を見るとiphone5Sでドバイでの仕事で得た給料で買ったものだという。携帯料金はどのくらいなのかと思って聞くと、SIMはプリペイド式でネットも電話も使っても月に500ルピー(500円)くらいだそうだ。この村はよく停電するので、携帯用のバッテリーは欠かせないという。彼はもともと絵をかくのが好きで、インテリアデザインの専門学校に通っていた。本当はデザイン関係の仕事をしたかったけれど、ドバイで働く父親に呼ばれてその学校は途中でやめてしまった。部屋には彼が昔描いたというガネーシャの絵が飾ってあったがたしかに上手だった。ドバイから戻った彼はこれからは村で父親と一緒にバイク整備会社を立ち上げるらしく、今はその準備に忙しいという。
 
そして待ちに待った夕食。ネパールでは夕食が遅くて大体8時~9時くらいに食べる。昼はトウモロコシを少し食べただけの私は腹ペコだった。その夜はネパールでは定番のダルカリー(豆のカレー)とライス、そして付け合せの野菜というシンプルなメニュー。ここはせっかくなのでスプーンは使わずに、手を使っていただくことにした。銀のプレートに乗るご飯にカレーをかけて手で一つまみすくって口に入れると、これが驚くほどおいしいではないか。

カトマンズ市内でもインド(ハイデラバード)では食べられないうまいもの(主に日本食)をたくさん味わうことができたが、このカレーが一番うまい。写真の通り、いつもインドで食べているものとさして変わらないただのカレーに見えるが、まず香りが違う。そして、なんというか深みのある味わいがある。

家の前の畑で採れたばかりの新鮮な素材を使っているからなのか、野菜にもカレーにもしっかりとした「うまみ」を感じる。インドに来てから、辛みと油ばかりのカレーばかりだったが、このお母さん特製カレーにはうまみがガツンと詰まっている。豆とスパイスだけ、具なんてほとんどないのに、美味しく過ぎる!

私は「うまい、うまい」と食べ続けた。ネパール語は全くわからないが、この気持ちを伝えたくて「ミトチャ、ミトチャ(=ネパール語で”おいしい”)」という言葉を唱え続けた。そんな様子を嬉しそうに眺めながら、おかあさんプレートにおかわりをよそってくれる。そして、ルーの次にご飯のおかわりはどうか、付け合わせの野菜もどうかと笑顔で聞いてくる。

私が「もちろんです!」という表情をしながら肯くと、今度はルーが足りなくなってしまったではないか。私はすかさずご飯の追加をお願いする。お母さんはここぞとばかりに大盛のご飯を乗せてくれる。これはもはや、わんこカレー状態である…ご飯、ルー、付け合わせの絶妙なコンビネーションをつぎつぎと飲み込んでいく私、待ってましたとばかりにお代わりを笑顔で返してくるお母さん。

電球一つ、薄暗く照らされたダイニングテーブルの上で、我々の熱いやり取りがしばらく続いたのであった。「ネパールの人はお客がたくさん食べると大変うれしい気持ちになるのだよ」と後からKさんに聞いた。私は図らずもお母さんを喜ばせていたらしい。

次の日の朝ごはんもカレーだった。付け合せの野菜だけが違ったが、ダルカレーに代わりない。一口食べてみると、やはりうまい。昨夜俺が食べたカレーは夢ではなかった。ドバイで働く息子がもっとも恋しかったのは、母が作るこのカレーだったという。分かる、分かるぞ。こんなカレー、世界のどこにいたって食べたくなる。本当に旨いカレーだった。

きっとこの先もネパールといえばきっと思い出すだろう、あの家族を、そしてこの味を。


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最後まで読んでいただきありがとうございました。この文章を書いたのは2年近く前のことですが、いまでもやっぱりあの村で食べたカレーはおいしかったなあ。。。

日本でもカレーをよく食べますが、あの味を超える一皿にはまだ出会えておりません。もし日本で美味しいダルカレーを食べれる店をご存知でしたら、ぜひとも教えてください。

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シカクマ

1989年茨城県生まれの西東京育ち。

シカクマ日記

この頃、考えや感じ方がコロコロと変わってばかり。その変化を捉えるには、いま感じていること、考えてることをできる限り保存して、後から読み返すしかない。

コメント4件

おいしいお話をご馳走さまでしたー。
とし兵衛さん、
ありがとうございます!お口に合いましたでしょうか?今後ともよろしくお願いします!
はじめまして
20年ほど前にネパールに行ったことがあり、とても興味深く読ませていただきました。ネパールの数日間は私の宝物です。

いつかは私もシカクマさんのように文字にしたいと思いました。
Sachieさん、
はじめまして!私にとってもネパールでの思い出は大切なものです。携帯やインターネットもまだそこまで普及していなかった20年前はいまとはまた違った雰囲気だったのではないかと想像します。ぜひ文章にされましたら読ませくださいね。
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