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再録「あのときアレは神だった」〜トニー谷

テレビアニメ、漫画、スポーツ、アイドル歌手などなど。実在の人物から架空のものまで、昭和にはさまざまな「キャラクター」が存在した。
われわれを楽しませたあの「神」のようなキャラクターたち。
彼ら、彼女たちの背後にはどんな時代が輝いていたのだろうか。
懐かしくて切ない、時代の「神」の軌跡を振り返る。

(2015年より、夕刊フジにて掲載)



最近、めっきり聞かなくなったが、昔は「キザ」という言い方があった。

かっこつけ過ぎているさまが「イヤミ」や「滑稽」に見える。この「キザキャラ」が、昭和40年代あたりの巷をにぎわせた。われわれ子供たちは、なんとなくしかその意味を捉えられないながらも、いわば「ふなっしー」的飛び道具を見るような面持ちで眺めていた。

キザキャラの「キング」といえば、漫画『おそ松くん』(赤塚不二夫作、1962年~67年連載、アニメ放映もほぼ同時期)の「イヤミ」である。そして、イヤミのモデルが今回の「神」トニー谷だ。

トニー谷は、そろばんを鳴らしながら、いいかげんな英語の混じった日本語(自称=トニングリッシュ)で、イヤミたっぷりに舞台上のゲストとからむ。

「さいざんす」「おこんばんは」「バッカじゃなかろうか」など、いわばガイジン風情言葉と上流階級を小バカにしたような「キザ」芸が(ギリギリのところで)うけて、一躍売れっ子になった。

その後、かの有名な「長男誘拐事件」(1955=昭和30年)をきっかけに(ギリギリの芸風があだとなり)人気没落の憂き目にあったが、62年から始まった『ニッケ アベック歌合戦』でのソロバン(拍子木)・ラップ「あなたのお名前なんて~の」で、人気復活を果たした。

のちにこの「キザの系譜」を継いだ人物には、三遊亭小圓遊が挙げられるが、小圓遊も早世(43歳)したとはいえ、あまりいい晩年を送れてはいなかったようだ。やはり、芸とはいえ人から反感を持たれる「イヤミキャラ」の業は深いのか。

いや、そんな割に合わない役を引き受けてくれた「神」たちにとって、一見奔放に見える芸能界は、意外にシャレの通じない、これまた業の深い世界なのかもしれない。 (中丸謙一朗)



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