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再録「あのときアレは神だった」〜木暮修(萩原健一)

テレビアニメ、漫画、スポーツ、アイドル歌手などなど。
実在の人物から架空のものまで、
昭和にはさまざまな「キャラクター」が存在した。
われわれを楽しませたあの「神」のようなキャラクターたち。
彼ら、彼女たちの背後にはどんな時代が輝いていたのだろうか。
懐かしくて切ない、時代の「神」の軌跡を振り返る。

(2016年より、夕刊フジにて掲載)



小さい頃、夜中にインスタントラーメンを作り、鍋のまますすったりすることがカッコ良かった。昭和40年代の夏休みにいとこの家を訪ね、夜中にダルそうに鍋からラーメンをすする、そんな兄貴たちの姿に憧れたものだ。

テレビドラマ『傷だらけの天使』(1974年、日本テレビ系で放映開始)のタイトルバック映像は衝撃的だった。

井上堯之バンドによるあのおなじみのテーマ曲が流れだすと、画面に現れた寝起きの木暮修(萩原健一)が、大きなヘッドホンと水泳用のゴーグルを装着したままムクリと起きだし、冷蔵庫から取り出したトマトやコンビーフをまるかじり。読みかけの新聞紙を前掛け代わりにし、もぐもぐと噛んでいる口の中の食べ物を瓶の牛乳で一気に流しこむ。その「お行儀の悪い」さまがなんともカッコ良かったのだ。

細かいことは気にしない。とりあえず腹が満たされればいい。

ビートルズのジョン・レノンの「食事はすべて錠剤で済ませたい」という言葉に象徴されるように、金満卑しい中年のおじさんじゃあるまいし、朝飯なんてどうだっていい、俺たちにはもっとやりたいことがたくさんある、そんな若者のカルチャーがそこにはあった。

劇中の修ちゃんは、このオープニング映像に象徴されるように、自由に何事にも縛られずに、悲しくも奔放に日々を生き抜いていた。まだ子供だったわたしはその姿を見て、そこに自分のやりたいようにカッコ良く生きることの「神」を求めた。いや、神が大げさであるなら、そこに憧れの「兄貴」を求めた。

その後、子供だったわたしも恋愛するようになり、「どうしても立ちながらハンバーガーが食べられない」という女子の発言にグッとくる年頃になった。そして、ワイルドを気取るわたしは、「兄貴ありがとう」と、なんとなく心の底でつぶやいたのであった。 (中丸謙一朗)


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