平成最後の夜、平成最初の記憶

平成最初の記憶。

昭和から平成に切り替わる頃、世の中は異様な空気に包まれていた。

テレビから漂ってくるその空気を、知らぬ間に察知してしまったのだろう。当時小学1年生だった私は、夜、怖くて一人でトイレに行けなくなった。隣の部屋で眠っていた母を起こした記憶が、なぜだか鮮明に残っている。

同じ頃、たしか自分の祖母も亡くなったはずなのだが、あまり近くなかったこともあって、そちらの記憶はほとんど残っていない。会ったことのない人物がこの世を去るという出来事が、小さな子どもの心の中にぐっさりと刻み付けられているのは、今思うとなんだか不思議だ。これもすべて、体温や血圧までもが映し出されていたあの画面のせいだと思うのだけど。


そして、これを書いている今は、平成最後の夜である。

世間が「平成最後」をこれだけ連呼してきたのに、私は結局、元号の変化にあまり興味を持てないままだった。何をどうしたらいいのかよくわからなくて、とりあえず「平成という時代のまとめらしきもの」でもひねり出しておいたほうがいいのかな、と思って頭をくるくる回しながらこの記事を書いている。

結果として出てきたものは、なぜか「昭和天皇崩御に伴ってトイレに行けなくなった」という平成最初の記憶であり、その後、もしかしたら私の平成の中心テーマは「死」だったのではないか、と思うに至った。


この30年、いろいろな形で死が私のそばにいた、というか、いてくれないとたぶん生きられなかった。

トイレに行けなかった頃の怖さは、おそらく自分というよりも身近な家族が死んでしまうことの恐怖だった。母や父がいなくなったらどうなってしまうのだろうか、という切実で漠然としていて、かつ子どもにとっては当たり前の恐れ。

もう少し大きくなって、中学・高校になってからは、とにかく自分が死にたくてしかたがなかった。自分の居場所を求めてあちこち逃げ回ったけれど、どこにもそのような場所はなく、何かにつけて死にたかった。幸か不幸か、実践する勇気はなかったけれど。

大人になっても、自分の身を置いておける場所がどこにもなく、存在価値も見いだせず、生きている意味もわからず、「どうか明日の朝目が覚めませんように」と何度祈ったかわからないぐらい祈った。祈ったところで、朝は来てしまうものなのだけど。


死を思うとき、私は目の前の現実に絶望していたのだと思うけど、裏を返すと、私は絶望できるほどに「生きる」ということに期待していたのだと思う。

生きていればいいことがあるはず。そう信じていたからこそ、目の前の苦しみに裏切られたと感じてしまったのだろう。

実際、人生にさほど期待しなくなったら、生きようが死のうがどうでもよくなった。いや、別に命を捨てようとしているわけではなくて、おかしな執着がなくなったという感じ、生にも死にも。


だいたい、誰でもいつかは死ぬのだ。


数年前、長らく同居していた祖母が死んだ。誰もが100まで生きるだろうと思っていた人間がその手前で力尽き、ただシンプルに「ああ、人って死ぬんだな」と思った。役割を終えたのだな、と。

身近な人物の死は悲しいものだが、それでも遺された者たちの人生は容赦なく続いていく。大事な人の記憶がなくなることはないが、その人が担っていた仕事はいつの間にか穴埋めされるし、食事は1人分少なく用意されるし、表面上は何事もなかったかのように日々が進んでいく。

残酷といえば残酷だけど、そういうもので、それ以上でも以下でもない。


令和という新しい元号に対して感じることは特にないし、抱負のようなものも特にない。「これをやらなければ後悔する」と思えるほど強くやりたいことは今のところないし、明日死んだとしてもさほど後悔は残らないような気がする。まあ、死んだことがないから何とも言い難いけれど。

でも。

平成の時代、私は「死」という相方とおかしな共依存関係になりすぎていた。むやみやたらと死にたくなりながら生きるというのは、やっぱりなんだかよくわからないし、純粋に疲れる。

相方ともう少し適度な距離を保ちつつ、自立した関係を構築していきたいものだなと思う。強いて言うなら、それが令和の時代の目標だろうか。


時代が変わろうと、どうせついてくるのだから、「死」というやつは。


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chie

noteはエッセイ的な雑文と写真×文章の置き場所。役立つ情報は特にありません。写真は個展3回開催経験あり、2018年10月パリ出展。 作品→https://shop.oikawachie.com/ HP→https://www.oikawachie.com

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