ピンボケと残像

相変わらず、色を撮っている。

「色が美しければ何でもよい」という視点に立つと、極端な話、被写体が何であっても、どんな形であっても、別にどうでもよいことになる。

だいたい、私が撮る写真はあくまで「素材」で、撮った写真を重ね合わせて創作するほうが主体になっている。いろいろなものを生み出すためにも、いろいろな種類の素材を取り揃えておきたい。

いずれにしても遊び放題である。なんて高級なおもちゃなのかしら、カメラって。


ピンボケ写真は比較的普通に撮るようになってしまったし、

シャッタースピードを遅くしてカメラを動かし、残像のような線のようなものを撮ってみたら、これまた妙にハマりそうな香りがする。


私たちの目は、こういう景色に慣れていない。

まあ、強い近視の人(私含む)なら裸眼時は常にピンボケ状態だろうけど、メガネやコンタクトで矯正するはずで、その状態のまま暮らす人は少ないだろう。

くっきりはっきり、何者かわかる画像が見たい。


でも、人間の目って身の回りのものすべてにピントを合わせられるはずはなくて、見慣れた景色の中にも「見ていない」ものが相当数存在する。

目の前のPCの画面にピントを合わせていれば、壁に貼ったカレンダーや、机の端に寄せた書類の束や、手を伸ばした先に置いたコーヒーカップには、ピントが合っていないはずだ。

駅までの道のりを毎日慌ただしく走っていたら、歩道に植えられたアジサイの紫は、完全なる「残像」だろう。目の端に線のような色が入ってくるかどうか。


ボケたりぶれたりした景色、見慣れていないかもしれないけど実は毎日たくさん「見てる」んじゃないだろうか。

ぼんやりした部分に意識を合わせるとピントが合ってしまうから、ピンボケや残像をちゃんと見ようとしても難しそうだけど。


※もちろん、ピントが合っている写真を一切撮らないわけではない。


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chie

noteはエッセイ的な雑文と写真×文章の置き場所。役立つ情報は特にありません。写真は個展3回開催経験あり、2018年10月パリ出展。 作品→https://shop.oikawachie.com/ HP→https://www.oikawachie.com

形のある世界、形のないわたしたち

ピントが合っていない「形のない写真たち」と、形のないわたしたちの内側の話。 世の中に存在する1つ1つのモノには、一応形があるのだけど、それを見て捉える私たちの内側には、形がない。特に、アタマとかココロとか呼ばれるものたちには。
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