花屋の店先に並べなかった花は

つぼみの状態で買ってきた芍薬の花が日々少しずつ開いていくのを眺めるのが、最近のぼんやりとした喜びである。

「花開く」という言葉を思う。文字通りに花が開くのも美しいが、人間の才能に対して初めて使った人はすごいな。人が「開花」していく様子もやはり素晴らしいものだから。


誰もがオンリーワンの花だ、と歌われたのはもう15年以上前のことらしい。

一人ひとりがオンリーワンの存在であることにまったく異論はない。ないのだが、花屋の店先に並ぶことのできた花って、かなりの倍率をくぐり抜けた選ばれし者だよな、などと今さら屁理屈を思いつく。

種を蒔いても芽が出ない。芽が出ても葉をつける前に枯れてしまう。葉をつけても茎が折れてしまう。つぼみがついたが背丈が足りない…。

花屋ではないのでよく知らないが、咲く前にはねられてしまう花がたくさんあるのではないか、と妄想を広げる。咲いたところで選ばれずに売れ残る花もあるだろう。

たとえ花開かなくとも、人目に触れなくとも、選ばれなくとも、命は美しく尊い。今の世の中を見回す限り、このほうがなんとなく今の時代っぽいし、せめてそのぐらい思えないとやっていられない世の中だよなぁ、などと思ったりする。まあ、そう思ったところで現実は何も変わらないのだけど。


芍薬は2輪あって、どちらも買ってきたときはつぼみの状態だった。大輪の花を咲かせているのは、今のところ片方だけだ。開かない1輪が気になりつつ、開かなくてもつぼみの丸みや色づきを私は愛せるぜ、と後付けのように思う。

どうであれ、「スーパー勝ち組」の花たちである。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

最後までお読みくださりありがとうございました。頂いたサポートは、①私自身の創作資金、②他のクリエイターの作品購入資金、③本家サイト(oikawachie.com)でのインタビュー企画「生き方事典」の取材費に充てさせていただきます。

くじ運が100あがった!
8

chie

noteはエッセイ的な雑文と写真×文章の置き場所。役立つ情報は特にありません。写真は個展3回開催経験あり、2018年10月パリ出展。 作品→https://shop.oikawachie.com/ HP→https://www.oikawachie.com

ひとりごと的なもの

思考や感情を垂れ流したものたち。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。