永遠の愛なんて、私たちには向いていない

★「人間観察日記」から、1編だけ抜粋して公開します。

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「もう! いったいなんでそんなことしちゃったのよ!」

デパート内のカフェなど滅多に入らないのだが、その滅多に入らないカフェに入ったら、近くの席からいきなり怒りが飛んできた。

男女二人の会話が聞こえてくる。二人とも五十代後半ぐらいだろうか。ほぼ間違いなく夫婦だろう。

妻とおぼしき女性が、夫とおぼしき男性を徹底的に責めていた。詳細はわからないが、借金の話だということだけはすぐにわかった。夫が妻の知らないところで、あちこちから多額の借金をしていたということらしい。何しろ大音量なので、耳をすませなくても内容が全部筒抜けだ。

それにしても妻の責め方がすごい。「烈火のごとく」という言葉はこういうときのためにあるのだろう。内容としては夫が悪いのかもしれないが、それでも夫に同情したくなってしまうほどの勢いで、妻はずっと何かをまくし立てている。

うーん、旦那さん、なんで借金しちゃったんだろ。

まあ、少なくとも良い理由ではなさそうだ。ギャンブルとか酒とか、軽い気持ちで保証人になっちゃったとか、あるいは失業してお給料が入ってこなくなったのを黙っていたとか。そして、おそらく返済が簡単ではない金額なのだろう、妻の怒り方を見る限りでは。

夫は、妻の勢いに押されているのか、何も話したくないのか、ただじっと黙っていた。私が席を立つまでの四十分ほどの間、夫が口を開くことはなく、ただひたすら妻が夫を責め続けていた。

思いがけず生々しい糸の絡まりに触れてしまい、私はとても不思議な気持ちになった。妻はもう愛想を尽かしているのだろうか。それとも愛があるからこその怒りなのだろうか。

よく「永遠の愛」などという言葉が使われるけれど、実際のところは、愛ってわりと終わる。

ずいぶん前の話になるが、夜の山手線で、若い女性が連れの男性にしがみついて離れず、電車からずるずると引きずりおろされていくのを見たことがある。
女性が男性と別れたくないあまり、男性にしがみついてしまって、疎ましがられているような雰囲気だった。二人ともお酒が入っていたようにも見えたが、それにしても何とも言えない光景で、乗客の大半が困惑しながら彼らに注目していた。

最初はお互い好きだったんだろうけどなあ。ホームに降りていった二人を、私は複雑な気持ちでぼんやり眺めていた。

男性は、さすがにこんな状態の女性を放置するわけにはいかないと思ったのか、ホームのベンチに座り、女性に向かって何か話し始めた。女性は、しがみついて引きずられた流れで地べたに座り込んだままで、ずっと泣きじゃくっている。

女性の様子は、一般的には「みじめ」ということになるのだろう。でも私は、あそこまでの行動を取れるほどに別れたくない相手がいることを、正直少しだけ羨ましく思った。でも同時に、男性との温度差が終わりを示しているようにしか見えなくて、せつなさに胸が痛んだ。いくらベンチで話しても、状況が変わるようには思えなかった。

カフェで夫婦のやりとりを聞いていたら、この山手線のカップルを見たときと似た気持ちになった。

永遠などない。心は変わる。

もし永遠をつくるものがあるとしたら、それは契約とか法律とか、そういう縛りぐらいなのかもしれない、と思った。「夫婦」という法的な縛りにはどうしても責任が生じる。もちろん離婚という手も取れるわけだが、未婚のカップルが別れるのと比べると、どうしてもハードルは高くなる。たとえ愛がなくなって、情の残りかすのようなものだけになってしまっても、さまざまな事情を考えて、仮面夫婦を続ける人たちも少なくない。

実際、カフェの夫婦と山手線のカップルで、一点だけ大きな違いがあったのだ。山手線で見かけた二人はおそらくこれで別れ、カフェで見かけた二人は、少なくともしばらくの間このまま一緒に暮らすだろうな、と直感的に思ったこと。烈火のごとく夫を責め続ける妻の言葉には、愛なのか、情のかけらなのか、そういったものがまだ辛うじて含まれているように聞こえたのだ。本当のところは知る由もないけれど。

人間ってもともと「永遠」というものにはあまり向いていないのだろう。人生だって有限だ。諸事情あってどうしても長続きさせたいものに関しては、いろいろな制度を編み出して、何とか永遠を作り出そうと不自然に頑張ってきたわけだ。

二人の愛が続きますように……と祈ることが、必ずしも良いこととは限らないかもしれない、と思った。

すべてを受け入れようと腹をくくって愛し続けるのか。もう限界だときれいに線を引いて、次の愛を探しに歩むのか。その他、きっと人の数だけさまざまな選択肢が存在していて、どれが正しいかなんて、本人を含め誰にもわかりようがないのだ。

だから敢えて、「一人一人が幸せな未来に向かっていますように」と祈ろうと思う。

カフェの夫婦と山手線のカップルだけではない。どこに幸せがあるかわからないまま、未来がまったく見えないまま、愛に迷い、苦しんでいる人みんなに向けて。


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街中ですれ違った見知らぬ誰かのお話を、こんな感じで14編書きました。残りはぜひ、お手元で。

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chie

人間観察日記

私がすれ違った愛おしい人たちのお話。 私たちは誰一人として完璧ではないし、みんなどこか面倒くさくて変で、それがきっと普通なのだと思う。そして、その面倒くささは人それぞれ違っていて、それを個性とか魅力と呼ぶのだと思う。だからこそ、人間という愛おしい存在にはたぶん一生飽きない。
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