やっぱり甘いのが好き

泣き声、叫び声、泣き声、叫び声。

カフェでぼんやり、甘々のメープルシロップと甘くないクリームの添えられたワッフルを食べていたら、赤ん坊ともう少し大きな子供の声が、交互に聞こえてきた。

お父さんがひとりで、2人の子供を相手している。腕には生まれてほんの数ヵ月ぐらいのふにゃっとした赤ん坊。目の前のベビーカーには2~3歳ぐらいの男の子。

赤ちゃんが泣き止んで眠ったかと思うと、男の子が叫び出す。赤ちゃんがまた泣き始める。静かになったタイミングで男の子が叫ぶ。この繰り返しだ。お父さんの顔は見えず、声も聞こえてこない。あたふたしているのか、それともあまり動じていないのか。

しばらくしてお母さんが店内に入ってきた。子供たちをお父さんに任せて、買い物にでも行っていたのだろうか。しばらく家族間で何かを話した後、お母さんが男の子にくぎを刺すのが聞こえてきた。


「お店で大声出して騒いじゃダメでしょ」


ああ、そうじゃないんだよ、まあそうなんだけどさ、そうじゃないんだよ…。

だって私は気づいてたから。赤ちゃんのことばかり気にかけ、彼のほうには目もくれないお父さんのほうを、じっと寂しそうに見つめていた彼の目を。


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長女とか長男とか、上の子を抱きしめてあげる係をやりたい。

あと、ちょっとした悪いことを心ゆくまでさせてあげたい。食事の前にお菓子食べちゃうとか、ひたすら一緒にいたずらをしまくるとか。ほら、上の子はちょっとしたことで下の子の分まで怒られたりするし、空気を読めてしまうと今度は良い子になりすぎたりするから。

お腹いっぱいになって夕飯が食べられなくなったり、服がどろどろになったりしても、親に怒られる係まで私が引き受ければいい。とにかく、べたべたに甘やかして好き勝手させてあげたい。それこそ、皿の上のメープルシロップ級に。


私には子供がいないけど、親は大変だということぐらい一応は理解できる。2人、3人と子供がいたらなおさら。上の子が頼りにされる場面も出てくるかもしれない。

でも、子供だって必死だ。下に兄弟ができようと子供は子供で、親に甘えたい気持ちがなくなるわけじゃない。それは2歳とか3歳とかだけの話じゃなく、もっとずっと大きくなってからもそうだと思う。

良い子でいても悪い子でいても、何ができてもできなくても、かわいがってもらえる場所を用意してあげたい。他人である私は完全に親の代わりになれるわけじゃないけど、幼稚園や学校と家族以外に居場所があるのは決して悪いことじゃないと思う。


まあ所詮どれもこれも、私自身が与えてほしかったものでしかないんだと思うけど。

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騒いじゃダメでしょ、と言われた男の子は何も言わず、泣きも叫びもしなかった。お母さんにベビーカーを押されて、そのまま店を出ていった。

私は、最後の一切れのワッフルに、皿じゅうのメープルシロップをこってりつけてから頬ばった。クリームも残っていたけれど、そのまま残すことにした。


家に帰って、たくさん抱きしめてもらえていますように。お父さんにもお母さんにも。



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chie

noteはエッセイ的な雑文と写真×文章の置き場所。役立つ情報は特にありません。写真は個展3回開催経験あり、2018年10月パリ出展。 作品→https://shop.oikawachie.com/ HP→https://www.oikawachie.com

人間観察日記

私がすれ違った愛おしい人たちのお話。 私たちは誰一人として完璧ではないし、みんなどこか面倒くさくて変で、それがきっと普通なのだと思う。そして、その面倒くささは人それぞれ違っていて、それを個性とか魅力と呼ぶのだと思う。だからこそ、人間という愛おしい存在にはたぶん一生飽きない。
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