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何か言ってくれよ沢崎

 惜しくも亡くなってしまった原尞のお兄さんは、佐賀県の鳥栖で「コルトレーン・コルトレーン」というジャズ喫茶を営んでいるという。行ったことはない。写真の灰皿とマッチは、私がこの作家の大ファンであることを知る編集者が取材で店を訪れた際、お土産としてくれたものだ。それ以来、ずっと仕事場のオーディオ周辺に飾っている。

 会ったこともない著名人の死にこんなに深い喪失感を抱いたことは過去にないかもしれない。たとえばチック・コリアの訃報もショックではあったけれど、ここまでの喪失感ではなかった。なぜそうなのかはまだうまく説明できない。もちろん(寡作であることもあって)作品はすべて読んでいる。いま手元にデビュー作の『そして夜は甦る』と直木賞受賞作の『私が殺した少女』が見当たらないが、たぶんセガレに「読め」と言って貸したのだ。父親として息子に「読め」と言いたくなる作家だった。息子には、漢字は異なるが「りょう」のつく名前を与えた。

 いちばんよく覚えている探偵沢崎の台詞は「原尞の伝説のデビュー作『そして夜は甦る』全文連載、第19章」でも読める錦織警部との会話だ。

 錦織は自分のデスクにつながる直通電話の番号を教えてから、言った。
「沢崎、はっきり言っておくぞ。おれにだって親友の二人や三人はいるんだ」
「親友は、二人や三人などという数え方はしない」

 沢崎は、どこで何をしているのだろう。私は今、彼の言葉が聞きたい。


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