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千田町のタズ子さんの「お好み焼き」grandma's life recipes

 福山では知らない者はいない老舗和菓子店「虎屋」。江戸時代から400年続く老舗でありながら、最近、なんとも不思議な新商品を打ち出して話題になっていた。「たこ焼きにしか見えないシュークリーム」や「麻婆豆腐みたいなゼリー」や「ざるそばのようなモンブラン」「お好み焼きそっくりなチョコレートケーキ」といった具合。そんな虎屋さんのばあちゃんが、たいへん料理上手だとの噂を聞いて会いに行くことにした。ばあちゃんの料理は、家族や友人、知人、それからお仕事中の営業マンまでも引き寄せて、いつも誰かがごはんを食べているのだという。口々にオススメ料理が挙がるも、ここはひとつ、広島といえばの「お好み焼き」を教わることにした。

 福山駅から芦田川と平行に車で北に10分ほど走る。福山市千田町(せんだちょう)の閑静な住宅街に現れた立派なおうち。「いらっしゃい」と親しみやすさたっぷりの笑顔で現れたのは、華やかなマリメッコのエプロンを愛らしく着こなした女性。とても「ばあちゃん」に見えない。玄関を開けると、いい匂いがどっと溢れてきた。こ、これは、かつて何度か遭遇したことのある「料理を習いに来たのに、扉を開けたらもう全部出来上がっていた」のパターンだろうかと慌てていると、「ほら、まず食べて。おでん作っておいたから」と、ぐっと濃い色が染み込んだおでんがタプタプと浸かった土鍋が目の前に。満々に高まっていたやる気も緩んでしまう、もう、なんとも幸せなお誘いだ。

「いやーこのおでんはね、ほんとうまいんだよ。甘辛くて」。向こうのソファーからそう言うのは、息子さんであり「虎屋」16代目の信吾さん。実家のおでんを、お母さんの前で、照れもせずに褒めまくるものだから、私も遠慮なくあれよあれよという間に席に着き、すっかりご馳走になる準備完了。牛スジは柔らかくほろほろととろけて、大根にも余すところなく味が染み渡っている。関東風おでんと名古屋の土手煮の中間のような味付けのおでんだ。立派なスジだな〜と味わっていたら、「私はね、お肉もお魚も行きつけの専門店があってね、あまりスーパーには行かないわね。このスジもそう」と、こだわりが顔を出す。

 まったりとした濃いめの味わいが私の口のなかに広がって、「あぁ、ごはんが欲し……」と思ったのを見透かしたように、ヌッと目の前に差し出されたのは、炊きたての新米をふわっと握ったおにぎり! すっかりお腹も心も満たされて、「もう今日のところは帰って、また出直そうか」なんて思った矢先、玄関口からご近所さんの声がした。「はーい」と返事をしながら、おもむろにその人の分のおにぎりも握り出す。「誰かが来たらとにかくご飯を食べさせる」という行動が、もはや反射の域に達しているのだ。友人はもちろん、ご近所さんや外回りの銀行員さんまでが家に上がって食卓に着き、ご飯を食べて帰るのだという。いやきっと、銀行員さんたちは偶然を装いながら、ごはん時を狙って訪問しているに違いない、と想像するとニヤニヤしてしまう。

 さて、私が自己紹介をしてもしなくてもどんどんご飯を食べさせてくれたこのばあちゃん。遅ればせながら、お名前は、高田タズ子さん。81歳。
 これからタズ子さんが作ってくれるのは、何を隠そう、「お好み焼き」。「学生の頃、地元の庄原市から出て広島市でガスも通っていないような家で下宿を始めたの。その下宿先の近所にお好み焼き屋さんがあってね、それがお好み焼きと私の初めての出会いだったのよ。お店に通って、見て学んだの」。そう話しながらちゃきちゃきと準備が進む。

 薄力粉1カップに水1カップ、顆粒出汁とお塩を少々入れて混ぜた生地を、熱したホットプレートの上に薄く伸ばす。そのクレープ状の生地の上に、とろろ昆布とイカ天、天かす、そしてこれでもかというほどのキャベツともやしをどさっと乗せる。

 具材たちのつなぎとして上から生地をすこーしかけて、かまぼこと豚肉を乗せたら一気にひっくり返す。さすが熟練の手さばき。

「今日は食材がなんにもないなぁという時にもすぐ作れるから、重宝するのよ。さぁ、もうすぐよ」と、ホットプレートの隅に卵1個を割り、黄身をつぶして丸く広げる。その上にお好み焼きを乗せ、ひっくり返す。そこに特製のタレを塗り、青海苔と鰹節をかけたら完成。

 野菜中心の具材、麺も入れない。だから見た目とはうらはらにとても軽くてヘルシー。とろろ昆布の入ったお好み焼きは初めてだったけれど、そのぎゅっと詰まった旨味とほど良い塩気が食欲をそそる。さらにイカ天のスナック感がクセになる。「うまい!」「美味しい!」「上手!」、何度もそう言いながらパクパク食べてしまう味だ。

「昔はもちろんこんなに具材は入っていなくてね、かまぼこ2、3枚にとろろ昆布、キャベツともやしだけだった。それで10円。それでも、それが美味しくてね」とタズ子さん。「母が料理上手だったの。初物が出たらすぐに買いに行って素材にこだわる。40歳からは小料理屋を営むようになってね。それから母は戦後よく、物乞いの人たちにもおにぎりを握ってあげていたの」。そんな姿を見て育ったから、タズ子さんはごくごく自然に人に食べさせてあげるということができるのかもしれない。

 家の裏には、広々としたテラス。旦那さんが「広島の軽井沢じゃ」と表現していたというこのテラスからの景色は、町なかより静かで、穏やかで美しい空気がある。渋柿の皮が干されているので聞いてみると、野菜を漬ける時に一緒に入れると甘みが増すのだという。休むことのないその手が渋柿の皮の手入れを始めたので、老舗の和菓子屋に嫁入りした時のことも聞いてみたくなった。「このお家に嫁ぐことが決まった時は、両親は『多分だめじゃろう、そしたらいつでも帰って来い』って送り出してくれた。まぁ実際に帰りたいと弱気になったこともいっぱいある」と笑う。旦那さんは、遊びも豪快な人だったそう。スキーはインストラクターになれるほどの腕前、冬は山にこもりっきりで、家を守るのがタズ子さんの役目だった。

 でも、54歳の時に旦那さんが亡くなり、突然、タズ子さんが会社の経営を見なければならなくなったのだ。「困ったなぁと思ったのよ」。タズ子さんはそう言うけれど、会社も支え、福山法人会女性部の会長を4年も務め、女性の地位向上のための活動に邁進したりと社内外で大活躍。そして、息子さんの代では、「本物そっくりスイーツ」シリーズが大ヒットを飛ばす。

 そんなやり手の息子さんだが、照れもせずにベタ誉めしているのは、結局、母の料理だ。おにぎり、おでん、お好み焼き。私は最近つくづく思う。誰もが知っている料理を、誰よりも美味しく作れると言うのは、すごいことだ。家族も友達も、隣近所の人も、知り合いも今日はじめてやって来た人も、お金を持つ人も持ってない人も、みんなのお腹と心を満たすことのできる最高の才能なのだと。ほくほくとした顔で、うまい、うまい、と言う人たちに囲まれて、タズ子さんはとても幸せそうだ。

【ばあちゃん訪問】
中村 優(なかむら・ゆう)
タイ・バンコク在住の台所研究家。『40creations』代表。大学時代にさまざまな国をまわる中で「食は国境や世代を超えて人々を笑顔にする」ことを実感。2012年、世界各国の地域からの「とびきりおいしい」をおすそ分けするサービス『YOU BOX』スタートと同時に、世界中のばあちゃんのレシピ収集を開始。3年間で15カ国の100人以上のばあちゃんたちと台所で料理しながら会話し、彼女たちの幸せ哲学を書き上げた『ばあちゃんの幸せレシピ』(木楽舎)著者。2018年、タイにてTASTE HUNTERSを現地パートナーとともに立ち上げる。
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