欲求も、日常も、生業も。旅とともに生まれたもの / 台所研究家 中村優 reasons why we travel

3年前バンコクに移住し、ひょんなことからタイ人パートナーたちと酒やワインの輸入をすることになった。タイ人とのビジネスでは、まるでジョークかと思うようなことがたくさん起こる。

オフィスを持つためにドアを付けようとすれば、それだけで2ヶ月もかかる。レストランを開業しようと思えば、お金の持ち逃げに始まり、土地の利権争いから一族間闘争、訴訟問題にまで巻き込まれていく。オープン予定日を前にたくさんのゲストを招いてオープニングパーティまで開いた私たちのお店は、オープンしなかった(パーティから1年、未だにオープンしてない)。

しかし、こんな穏やかじゃないビジネスシーンとはうらはらに、私の暮らしはこれまでの人生史上最高に穏やかだ。

2ヶ月に1度は買い付けなどで海外に2週間くらい出かけるが、そうでもなければ家からそう離れずに過ごす。夜はあまり出歩かず、シェフである夫がつくる最高に美味しいご飯に舌鼓を打ちながら、自分たちでインポートしているワインを飲む。

最近の趣味は、パスタ捏ね、ムエタイ、それから、とにかくすべてを忘れ続ける自分のためにディテールにこだわった3行日記を書くことだ。いままでならば忘却の彼方へと葬られていた大切なことも、その日くすっと笑ってしまったことも、これで少しは記憶に残すことができるかもしれない。

夫とは仕事もプライベートも共にし、四六時中一緒にいる。ムエタイにだって一緒に出かける。そのせいもあってか、最近では、結婚3年にして老夫婦のような安定感が漂い始めている気がする。

5、6年ほど前の私を知っている人が見れば、きっと驚くと思う。その頃の私といったら、所有品はわずか。特定の家もなく、家財のすべてを納めるには機内持ち込みサイズのキャリーバッグひとつで事足りた。いつもそのキャリーバッグをひいて、転々と土地を移っていた。世界じゅうの国や地域を気ままに訪れては野良猫のようにその土地土地で出会ういろんな人にお世話になった。その姿は、周囲からすれば、「旅人」だったのだろうけれど、家のない私にとっては、そのすべてが「日常」だった。

初めて海外にひとり旅に出掛けたのは、19歳の頃。

実は子どもの頃から、私には、憧れる職業や人というのがなかった。どうしても欲しいと思うものも、どうしても行きたい場所というのもまるでなかった。多くの子どもが欲しがるものも、やりたがることもあまり気にならず、その時々に人気が出るアイドルや音楽もことごとく興味が持てずスルーしてきた。そのまま大学生になっても、自分の中に「好き」とか、「欲しい」という基準がないままだった。

そんな私がひとり旅に出た。自分自身の興味の薄さにはおかしさも感じていて、世界はこんなに狭いわけがないと思い始めていたのだ。「どこか遠くへ行ってみたい。違う世界を見てみたい」。ただそれだけの動機だった。すると初めて、自分のなかに欲求が生まれたのだ。旅で出会う世界のなかでは、次々と自分の「好き」を見つけることができた。それ以来、私にとっての旅は、「好き」を見つける手段となった。旅のテーマは直球で、どんどん変化した。

学生時代は、社会問題の解決を仕事にしている人たちがいると聞いて、ニューヨークの社会起業家たちにインタビューしてまわる旅をした。その後、みんなが笑顔であればそもそも社会問題が起きにくいんじゃないかと考え、笑顔になれるシチュエーションを作るために、ヨーロッパ5カ国の家庭に上がり込んではご飯をつくってまわるという旅をした。

旅のテーマは次々と変わり、旅に出る度に色んな人に出会った。会うたびにいつも失業しているスペイン人、お金はないのに謎に豪邸に住んでいるフランス人アーティスト、底抜けに優しくてずっと笑顔でいる日本の新興宗教の信者、山を育てながら電気から自前で作るオーストリアのワイン生産者、家の資産によって生まれながらにリタイア気味のシンガポール人起業家。

私はとても影響を受けやすいから、人との出会いから、その都度、大きく影響を受けた。そしてそのほとんどをことごとく忘れ、積み重なるものはほとんどなかった。それでもやっとなんとなく自分の「好き」はわかってきた。

大学を卒業すると、料理と編集のそれぞれの師匠に数年ずつお世話になり、その後は、また旅に出ては、その先々で発見し、「最高に好きだ」と思ったものについて書いてweb上で発信し始めた。そんな旅をしていくなかで、家はなくなってしまったが、大好きなものを分かち合いたい人へのとびきり美味しいおすそ分けボックス「YOU BOX」を始めた。すると後に企業とのコラボ企画になったり、「優の旅人キッチン」と題して各所でケータリングを受けるようになったりと、予想外に仕事が生まれ始めた。

旅から旅へと続く暮らしのなかでの移動は、一見脈絡がなかった。南仏の田舎町から小豆島へ。グルジアから帯広へ。そんな移動の連続だった。でも、この頃、気づけば私のなかには、ひとつのテーマがライフワークのように旅の軸として生まれていた。旅のなかでは、どこでも美味しいものを探すようになっていたのだ。そして、そこで必ず行き当たるのがその土地土地のばあちゃんたちだった。

地域の老舗企業に取材に行けば、確かに社長さんたちの話は素晴らしかった。けれど、私は、その隣でひょいと自家製漬物を出してくれるばあちゃんの方がどうにも気になった。地域の話を聞こうと訪ねると、戦場がいかに大変な状況だったのかを話してくれるじいちゃんたちの隣で、ばあちゃんたちは、何もないなかで家族を食べさせるための工夫について話してくれた。そして何より、訪ねてきた私に食べさせようとそれぞれのばあちゃんたちがつくってくれる料理には、再現できないほどの美味しさと、「右回しで回し続けると美味しいジャムになる」なんていう時に迷信めいたこだわりがあったりして、そのチャーミングさの虜になった。その姿はとてもロックでチャーミングでリアルだったのだ。ばあちゃんは、いつでも私の興味を掻き立てた。彼女たちの魅力は最強だった。

それから15カ国ほど旅をして100人以上のばあちゃんたちに出会い、暮らしやレシピなどを聞き続けた。そうしていくうちに、見つけられたことがあった。時代、社会情勢、ささいなタイミング、健康状態、いろんな要因から人生にはさまざまなこと起こる。そのなかには、自分の能力や努力では、なんともならない部分もあるのだということだ。初めましての人と結婚しなければならないこともあれば、空から爆弾が落ちてくることだってある。「だからこそ」なのか「それなのに」なのかは分からないが、すべて受け入れてきた彼女たちの声は、とても小さいけれど、とても逞しく、とても美しかった。

遠くへ遠くへと大雑把に旅していた頃にはたくさん見落としていた日常に潜む見えない部分とディテールにこそ、本質があり、面白いと、最近は思う。表にはとても書けないようなばあちゃんのブラックジョークや、写真や映像に写ってない時に手抜きしてるばあちゃんの姿が、私は好きだ。

その後、私は、ばあちゃんたちの料理と人生観とを書いた本を出版し、タイに移り、ココナッツシュガーの開発や、ワインのインポートを始め、自分たちの店を開く準備をしている。欲求も、生業も、旅が与えてくれた。

旅が日常だったのに、気づけば、今、私は、日常を旅している。

忘れやすい私のことだから、また時間が経てばきっと、違う形の旅をしているのだろうけど。

【プロフィール】

中村 優(なかむら・ゆう)
タイ・バンコク在住の台所研究家。『40creations』代表
大学時代にさまざまな国をまわる中で「食は国境や世代を超えて人々を笑顔にする」ことを実感。2012年、世界各国の地域からの「とびきりおいしい」をおすそ分けするサービス『YOU BOX』スタートと同時に、世界中のばあちゃんのレシピ収集を開始。3年間で15カ国の100人以上のばあちゃんたちと台所で料理しながら会話し、彼女たちの幸せ哲学を書き上げた『ばあちゃんの幸せレシピ』(木楽舎)著者。2018年、タイにてTASTE HUNTERSと、COCONUTS NAKAMURAを現地パートナー、生産者とともに立ち上げる。

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