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Dr. John - Dr. John's Gumbo


高温多湿の沖縄で飲むオリオンビールは美味い。その理屈に倣えば、ニューオーリンズで聴くニューオーリンズ・ピアノの響きも、格別であるはず。少なくとも極東のディープサウスの殺風景な田園風景で聴くよりもマシだろう。海外への憧れは皆無だが、ニューオーリンズくらい死ぬ前に行っておいた方がよいような気がしている……。

おっさんの思い出語りほど迷惑なものはないから手短にまとめるが、多くの自称音楽好き同様、僕にとっても豊かなニューオーリンズ・サウンドの世界への入口となったのは、学生の頃に先輩より強制的に聴かされたDr. John『Dr. John's Gumbo』だった。

その後Fats Domino、Professor Longhair、James Bookerなどに夢中になりつつも、ことあるごとに振り返る、僕にとってはサブテキストのような存在でもあったこのアルバムの、本当の凄さに気がついたのは、実はつい最近のこと。不明の致すところである。

そもそも『ガンボ』と略されがちな本作のタイトルはやはり『Dr. John's Gumbo』でなければダメなのだ。なぜなら、そのサウンドは、最大公約数的なガンボではなく、あくまでDr. John流のガンボなのだから。

マルチカルチュラルなスープ

ちなみに、ガンボとは野菜をごった煮したスパイシーなスープのこと(家庭の数ほどにレシピがある、というような郷土料理だ)。そもそもこの料理は、フランス料理などをベースに、ネイティブアメリカン、アフロアメリカン、スペインなどのラテン文化などがミックスされて出来上がった、このエリアの歴史を体現するかのような、多文化ごった煮スープでもある。

そんな多文化社会であるアメリカを、アメリカ人自身が顧みる契機のひとつとなったのが、1960年代の公民権運動やヴェトナム戦争であり、そんな時代の流れに対し、カリプソへの愛情と強烈な批評性によって応えたのが、ヴァン・ダイク・パークスが米国音楽のルーツとしてカリプソにフォーカスした『Discover America』なのかもしれない。

1972年にリリースされたこのアルバムが、同業者たちに与えた影響はかなり大きかったはず。ヴァン・ダイク・パークス同様、当時ロサンゼルスに身を置き、同じ時代の空気を吸い込んでいたドクター・ジョンもまた、ニューオーリンズをルーツとする自分なりの『Discover America』を作ろうとしたのかもしれない。

※同じ時代を生きていたはずのGrand Funk Railroadは、まったく異なる空気を吸っていたのだろうか。彼らが火の玉ストレートなハードロックをかました『We're an American Band』をリリースしたのは1973年。叔父から譲り受けたレコード(オジレコ)のひとつ。大好き。

ガンボとマンボ

Dr. Johnの「ガンボ」には何が入ってるのだろうか、という話に移る前に、カリプソついでに(後で繋がってくるかもしれないから)マンボの話を。

以前、自宅の古い納屋を解体したときに、埃まみれのマンボのレコードが発掘された。なぜ?と思われるかもしれないけど、1950年代日本のクールなダンスミュージックはマンボだったのだ。嘘だと思うなら、団塊世代より一回り上の方々に話を聞いてみてほしい。かなりの確率で、マンボのステップを披露してくれるはずだ。

Wikipediaによれば、マンボとは、ルンバにジャズの要素を加えて作られたもの(この字面を読んでるだけでウキウキしてくる)で、キューバのペレス・プラードが世界に広めたものらしい。日本のディープサウスの古い納屋にも彼のレコードが眠っていたくらいだから、当時相当なブームだったことが窺い知れる。

ニューオリンズのR&Bに、そんなマンボやカリプソなど、カリブ海のリズムが流れ込んでいることはよく知られた事実(書いているだけで、ウキウキしてくる)。ニューオーリンズあたりは、フランス領だったり、スペイン領だったりしたので、そもそもがラテン気質な土地だったのかもしれない。

中南米のラテン音楽はニューオーリンズの音楽同様、スペインなどのラテン文化とアフロアフリカの音楽とのミックスによって生まれたものらしいから、似たような文化圏に近親的な文化が流入することで、旨み成分のようなものがさらに濃縮されたはず。

Dr.John流の仁義

まるでガンボのような音楽のオリジネーターの1人がProfessor Longhairなのであり、そんな旨味成分たっぷりの音楽を継承しつつも、新たな世代にも受け入れやすくアップデートしてみせたのがDr.Johnだったのだ。

最後に、Dr.Johnの「ガンボ」の中身を紐解けば、それはもう曲目の通りなのだけど、あえて記せばProfessor Longhairの"Tipitina"をはじめ、Earl Kingの"Big Chief"、James Bookerなどいろんな人がやってる"Junco Partner"、締めのHuey Smithメドレーなどなど、ニューオーリンズの音楽をつくりあげた先人たちへのオマージュである。

その手際が賞賛されたのは、ただ乱暴に自分流に演奏するのではなく、先人たちのシグネチャーともいうべきフレーズを崩すことなく、マグロの血あいを綺麗に取り除く丁寧な下処理のごとく、不快な雑味を取り除き、素材の旨みを引き立たせることに専念したDr.John流の仁義の切り方が実にスマートだったから。

最近のジビエが臭みがなく洗練されすぎていて物足りないと憤る方には、Professor Longhairの方がお好みかもしれないけど。

Professor Longhair "Tipitina"

Dr.John "Tipitina"


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